リスタートのブログ

住宅関連の文章を載せていましたが、メーカーとの付き合いがなくなったのでオヤジのひとり言に内容を変えました。

14000がお蔵入り

2019-09-01 05:21:00 | オヤジの日記

幅広の長い緩やかな坂道を上っていくと正面に神殿のような建物があった。

公共のホールだという。

そのホールの左裏に回ると30メートルほどの短い並木道があった。突き当たりは階段。20段くらいの短い階段だ。

その階段の上から二番目に灰色の猫が佇んでいた。眠っているのかと思ったが、薄く目を開けていた。よそ者を検閲しているのかもしれない。

わきを通っても猫は逃げなかった。薄く目を開けたままだった。

階段の上まで上がったとき、猫が「ニャー」と言った。猫は猫同士の喧嘩や求愛行動以外では鳴かないという。人間に対してだけ鳴くのだ。

つまり、あの「ニャー」は、私に向けられたもののようだ。

しかし、私は猫語を理解していないので、猫を振り向くことはしなかった。

 

上りきったところの右手にテニスコート一面ほどの公園があった。ありきたりの遊具の向こうに、横浜の街並みが浮かび上がってきた。思った以上に高台だったようだ。

ランドマークタワーと観覧車。観覧車には灯が点っていた。9月中旬の6時前。もうすでに薄暮と言ってよかった。

薄いシルエットの横浜の夜景が、眼下にあった。

平和を感じた。しかし、その平和は私の今日の役目を考えたら、一瞬の平和と言ってよかった。

公園の正面に、住宅が連なっていた。

紅葉が丘ニュータウン。

60戸が無個性の姿を晒していた。

私は、この中で、ありふれた姓の「田中」の表札を探しにきたのである。

無個性な家と無個性な姓。そして、無個性な俺。

ただ、今夜の私の目的は無個性ではなかった。

 

ニュータウンは10個のブロックに分かれていた。その中で田中の家は4ブロックに入っていた。号は2だった。

それさえ間違えなければ、田中の家にたどり着くのは簡単だろう。

実際、ニュータウンに入り込んで、私は5分足らずで、田中の表札を見つけることができた。

無個性な家の1つ。ただ、一箇所だけ無個性ではなかったのが、他の家のほとんどは、部屋の窓から明かりが漏れ、門灯が付いていたのに、田中の家だけには灯がなかったところだった。

あらかじめ「6時に伺います」と連絡はしていた。

6時5分前。家には、人の気配が感じられなかった。

ただ、それも理解できないことではなかった。田中のいない家。いるのは、奥さんと10歳の息子。そして、1つの特殊な事情。

その事情を解決するために、私は田中の家の前に立っていた。ためらうことなく私はインターフォンを押した。

「はい」という声が、すぐに聞こえた。約束通り、待っていてくれたようだ。「山神です」と名乗った。

しばらくして、ドアのチェーンが解かれる音が聞こえた。開いた。

田中の奥さんが顔を出した。玄関内は相変わらず暗かった。窓を見ると部屋の明かりも暗いままだった。

田中の奥さんは、目が見えなかった。ただ、全盲ではない。ある程度の光は感じるらしい。

奥さんが、「ごめんなさい」と言って、玄関の電気をつけた。奥さんの菜摘の顔が、はっきりと認識できた。

やつれているようには見えなかった。黄色い上下の部屋着も小柄な菜摘の雰囲気に似合っていた。

そして、その顔は、夫を信じている顔だった。信念が感じられた。

廊下を歩いた。廊下の壁には、無数の小さなライトが埋め込まれていた。おそらく菜摘は、この光を頼りに生活しているのだろう。

廊下の突き当たりに、左右のドアがあった。菜摘は、右側のドアを開けた。壁際のスイッチを押した。ドアの中から灯りが漏れてきた。

「どうぞ」

そこは、リビングだった。そこの壁にも無数のライトが埋め込まれていた。明るいライトではない。菜摘が最低限感知できるほどの主張の少ないライトだ。

「何か飲まれますか」

飲みたい気分ではなかったが、「ウィスキーのストレートがあれば」と答えた。

迷うことなく、菜摘はキッチンに向かい、奥のキャビネットから洋酒を取り出してグラスに注いだ。自分はミネラルウォーターを注いで、私が座るダイニングセットまで運んだ。

目が見えないとは思えないほどの自然な動きだった。

菜摘が視力を失ったのは、このニュータウンの家を買った一年後のことだった。4年前だ。

ストレスで視力を失う。そんなことがあるのか、と思ったが、現に菜摘がそうなのだ。疑うのは、馬鹿げている。

そのストレスが何なのかは、重要なテーマだが、それは今解明する問題ではない。

 

「田中と会うことはできませんでした。ただ弁護士とは話をしました」と私は告げた。

今会えるのは、弁護士だけだ。それは、わかっていたことだ。

「しばらくは、取り調べが続くようです」

菜摘は、意志のこもった目で私を見返して頷いた。まるで、目が見えているかのようだった。

殺人の疑いで逮捕。

田中に一番ふさわしくないのが犯罪だ。

物事を全て理詰めで判断し行動する田中が、感情に任せて人を傷つける姿を私は想像できない。

もちろん、感情が勝ちすぎる人はいる。おそらく、多くの人はそうだ。私もその部類に入る。

だが、田中ほど冷静に行動できる人間を私は知らない。

己れの感情を正確にコントロールできる人間を「人格者」と呼ぶのなら、彼はまさしくそうだ。

ウィスキーを一息で飲み干したのち、私は「田中は無罪です」と断言した。

「直人はいますか」と私は言った。

菜摘は頷いて、リビングを出て行った。出て行く前に、私のグラスにウィスキーを足していった。

その仕草は自然だった。平静を保っているように見えた。

 

しばらくして、息子の直人が姿を見せた。

直人は、何の力みも感じさせない動作で母の菜摘をエスコートするように、リビングに入ってきた。

そして、菜摘を椅子に座らせると自分は私の正面に座った。

きっと直人は、菜摘の目と菜摘の代役になろうとしているのだと思う。

10歳。

華奢だが、菜摘と同じく、意志を感じさせる目をしていた。

私は、その目に向かって、「親父は絶対に無罪だ。俺がそれを証明する」と告げた。

直人の表情は動かなかった。

 

 

これは、私が22年前から書き続けているミステリー小説の冒頭部分だ。

なぜ、こんなものを書いているのかというと、当時タイピングが苦手だった私が、それを克服するためには、何がいいかと考え続けた結果、小説を書くことを思いついたのだ。

最初は、2000字程度の小説にするつもりが、書いているうちにタイピングが上達して、文字数がどんどん増えた。

今現在、14000字。

一体いつ終わるのだろう。

 

日本チャンピオンだった元プロボクサーが、友人の無実を証明するために奔走し、2つの複雑に絡み合ったトリックを暴くが、とんでもない結末が待っているというお話だ。

タイトルは、「ダブルノックアウト」(陳腐だ)。

登場人物設定、物語の背景、トリック、結末はすでに考えてあるから、その気になれば、一年もかからずに完成してもおかしくはない。

しかし、その気にならない。仕事が忙しいということもあるし、タイピングも上達したから、当初の目的は果たしたということもある。

それに、どこにも誰にも発表する気がないから、完成はいつでもいい。

唯一、娘には読んでもらったが、「時代設定が古すぎるだろう」と笑われた。

そうなのだ。22年前に書き始めたから、連絡方法は、固定電話、公衆電話とメール。頻繁にテレフォンカードが出てくる。車は日産スカイライン、待ち合わせ場所は、横浜ルノアール、ビデオはVHSだ。カーステレオから流れるのは、柳ジョージ、エアロスミス、レッド・ホット・チリ・ペッパーズ。

しかし、今さら時代を進めるわけにはいかないから古いままで通している。

 

ところで、以前冗談で娘に、とうちゃんが死んだらホームページで公表してくれないか、と言ったら、「なんてことを言うんだ。バカヤローが!」と泣いて叱られた。

 

 

つまり、間違いなくお蔵入り。

いつか、オンラインストレージの肥やしとなって、消滅するでしょう。

 

最後に、ど素人のくだらない文で目を汚してしまったことをお詫びいたします。

 

コメント (2)   この記事についてブログを書く
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2 コメント

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良いではないですか・・・ (kiyasume)
2019-09-05 18:14:39
その未完の小説.....
読んで見たく思うので、

何時かブログに発表して下さい。

何時も楽しみに見ています。。。
それでは また。。。
Unknown (matsu1217)
2019-09-07 08:23:34
kiyasume 様

ありがとうございます。

完成したら、また考えることにします。

いつ完成するかは、まったく自分でも想像がつきませんが・・・。

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