国際結婚はたいへんだった(第2章)

ボリビア人女性との国際結婚に至るまでの道のりを記録するために立ち上げたブログです。最近は妻との日常生活を綴っています。

お見合い

2015-10-12 | 結婚@NYまで
ついでながら就職後に持ちかけられた話についても少し。親が数件持って来ましたが、履歴書を見て即座に興味が失せました。私はまず趣味の欄を見ますが(注)、決まって「旅行」とあったからです。(注:写真なんかいくらでも修正できるという話ですし、容姿は所詮二の次、三の次と思っているので。もし「人生観」や「信仰」という項目があったら最重要視するところです。)私は趣味が「旅行」「ショッピング」「グルメ(食べ歩き)」という人とは友達になりたくはありません。(そういえば何かで読みましたが、女性が見合いのプロフィール欄に書いてはいけない三大趣味というのが「海外旅行」「ゴルフ」「ダイビング」だったような。)とくにすることのない人(要は無趣味な人間)の暇つぶしだと思っているからです。(実は「デート」というのも暇人達による体のいい時間つぶしだと思っているほどです。)とくに海外旅行ですが、業務出張とかLindaに会いに行くといった特定の目的あるいは使命がなければ私は飛行機に乗る気がしません。というか移動自体がイヤ。(鉄道も新幹線はあまり好みません。ただし、鈍行列車は移動そのものが目的化してくるので話は別。高山本線とか飯田線あたりは青春18きっぷでも買っていつか、などと考えています。)あちこちに書いているように「超出不精」です。(なお自転車の遠乗りも主目的は余剰カロリーの消費。しないと太る一方だからです。)

これが「○○時代の○○様式の建築に興味があって」とか「○○の小説(あるいは音楽)が好きなので、作家(作曲者)に縁のある地を巡るのが好き」などと具体的に書いてあれば(普通なら引かれるのかもしれませんが)、○○が私に理解できなくとも「どれどれ、話は聞いてみようか」という気になったかもしれません。(ちなみに、Lindaは私に影響を受けたということも多分にあるのでしょうが、クラシック音楽やオペラが好きというのは明らかに好印象を与えました。)実際お目にかかったことはないですが、ドストエフスキーの後期五大長篇のうち三つ、あるいはトルストイの三大長篇のうち二つを読んだことのある女性なら、少なくとも友達にはなろうと考えるでしょうね。(ついでですが「アンナ・カレーニナを読みかけたけど途中で挫折した」という人でも私には十分面白かったです。振られましたが。)

職場関係では偉い教授の先生や事務局の人、さらには同じ学部(他学科)の教員から話が来ました。うち1件は当時の副理事長(の知り合い?)の娘だったような。ちょっと勿体ないことをした(逆玉のチャンスを逃した)のかも? 教員関係のうち1件はメールでした。いきなり「お見合いしませんか?」で始まり「私の友達で県内の研究機関で働いている東大卒の人です」とのことでした。それに何と答えたかといえば・・・・・

まあ、私はいつか南米に移住しようかと考えたりもするような人間ですから、「スペイン語でも日常会話ができること」を必要条件としています。

で、それっきりになりました。(なお私はこういう真面目な件では嘘や冗談は言いません。100%本気ということもありませんでしたが・・・・日本での生活に飽き飽きしたら、あるいは日本が非常に住みにくい国になったら逃げようかな、とは考えてきましたし、今もそうだったりします。この結婚でその有力な候補地が一つ確立されました。)この必要条件はその後も何回か持ち出し、その度に顰蹙を買うこととなりました。それで「じゃあわかった。少し条件を緩める。」として「ポルトガル語も可」にしました(笑)。どっちにしても端から相手にする気などなかった訳です。さらに何年かが経つと私は「○○語でも」の「も」を取りました。それまではあくまで日本人限定だったのを「国籍は問わない」に変更するのだから大きな譲歩といえるでしょう。それで誰かと巡り会えると真剣に思っていた訳ではもちろんありませんが・・・・・何でそういう気になったのかは今考えてもわかりません。ただ、そのこと(枠を取っ払っていたこと)があの日私にあのように言わしめることになった遠因なのではないかと考えたりもするのです。

では私がいつ何を言ったかについては日を改めて。
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