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相模原の養蚕  相模原サイクリング ~2020.1.2(木)

2020-01-02 23:44:33 | 街・観光地編2020

 昨日の疲れも有るけれど、折角の休みを1日中家で過ごしても勿体無い。
と言う事で、相模原市内をサイクリングする事に。
 先ずはJR横浜線淵野辺駅近くの皇武神社(こうぶじんじゃ)へ。
正月や例大祭等の祭事の時だけ宮司さんが居て御朱印等の対応をしてくれる神社。
私は昨年の正月の御朱印を戴いたのですが、ゆきさんは戴いた事が無い。

 神社ですが鐘も有ります。
皇武神社の鐘は、第二次大戦の際に供出して失われ、戦後に氏子さんが奉納した物との事。
戦後に作られた鐘ですが、『戦争を忘れない為の遺産』と言えるのではないかと。

 祭神は日本武尊なのですが、拝殿の左には『神武天皇』と彫られた岩が。


 拝殿の右にはかつて盛んに行われていた養蚕に関するお社とその事についての説明書きが彫られた石碑が。
この神社には『おきぬさま』の伝説が伝わっています。
養蚕で忙しい時期に人手が困っている氏子の家に神主の娘が手伝いに現れ、てきぱきと仕事を片付けました。
仕事が一段落すると娘は白蛇になり、神社の拝殿の中へ消えました。
神社の神様が神主の娘の姿になって手伝いに来てくれたのです。
それ以来、養蚕の時期になると、蛇の御札と娘の人形『おきぬさま』を受けに大勢の人がこの神社を訪れた。
養蚕を営む農家が無くなり、おきぬさまを信仰する人も無く、この伝統を後世に伝える為にお社(蚕守神大神)を復興したと言う事が石碑に記されています。
御神体はとぐろを巻いた蛇で、養蚕の守り神との事。

 横には前回の東京オリンピックの記念碑が。


 蚕守神大神のお社。

 皇武神社の社務所。
昨年は女性宮司さんが対応されていましたが、この日は奥に居られ、息子さんかな?20前後位の方が御朱印対応をしていました。
 参道のテントでは破魔矢や御札、御守り、御神籤が。
でも『蛇の御札』や『おきぬさまの人形』やそれに因む物は無し。
養蚕を営む農家さんは無いけれど、この神社ならではと言う事で、仕事・商売・学業・育児や恋愛もかな?
 
 『人夫々大切な仕事(夫々が行う事)が上手くいくように手助けしてくれる』

と言う事で、『蛇神さまの御札』有って良いと思うし、『おきぬさま』を模した女の子が付けられた根付けとか、女の子と白蛇が描かれた御札や御守りが有っても良いよなぁ。

 『相模の蛇神様』何て人々に言われて・・・。
神社庁HPの皇武神社のページを見ると日本武尊の話も記されているし、色々と人を惹きつける物を有しているのだけれど。


 昨年の御朱印は『奉拝』と『日付』だけ墨書きで、中央の墨書きの神社名は無しでしたが、今年は墨書きの神社名入り。
相模原では数少ない『宮司さんが居る神社』。
地域の人や近隣の市町村の方が訪れ、心の拠り所とし、親しまれて賑わう神社になって行くと良いな。

 夏祭りの際に訪れた下九沢御嶽神社の横を通過。
ゆきさんは初めての訪問。
どの木にアオハズクが営巣するのかな?
2日の昼時ですが、参拝者は無し。
1日に参拝しなかった方がチラホラと訪れてもおかしくないと思うのだけれど・・・。
皆きちんと1日に参拝したのかな?

 大島の梅宗寺へ。
私は夏に訪れましたが、ゆきさんは初めて。
干支の守り本尊が左に並んでおり、正面は西国・当国の33観音と秩父34観音の合計100観音の石仏が収められている観音堂。
観音様の縁日である毎月18日に御開帳されます。


 鼠さん。
今年1年宜しくお願いします。



 観音堂の左に蚕影明神のお社が。
此処にもお蚕様の守り神が。




 梅宗寺の本堂。


 左手に石仏が。
双体道祖神は知っているけれど、双体のお地蔵様は何と呼べば良いのかな?


 門の横には達磨さんが。


 達磨大師。
頭をなでて誓いましょう
一なで 正直
二なで 忍耐
三なで 奉仕

 本堂前の松の前で三葉の松の葉を発見。
他は通常の二葉で、ひょんな出会いに驚き。

 玄関のチャイムを押しましたが反応は無く、御朱印は無し。

 上大島の諏訪明神へ。
相模の国の式内社13社の1つではないかと言われる論社の1つです。

 二の鳥居から。

 境内の様子。
御札の授与等は2日の14時過ぎでは既に終わっていました。
昨年も2人に訪れたけれど、片付けをされている方が居たんだよね。
対応は1日のみなのか、2日の午前中迄なのかな?
古いお札の納め所には、諏訪明神の御札等が有るので、御札の授与を行っているのは確かなんだけれど。


 寛延元年発願、文化6年供養の庚申塔。




 拝殿、本殿の更に裏に鎮座するお社。




 蚕影社で、これもお蚕様のお社だと言う事が分かります。
古くて大分痛みが進んでおり、養蚕を営む農家が無い中で再建修理されるか気になるところ。

 彫刻はなかなか凝っています。
子鼻は象。 

 側面の彫物の中には馬も。

 側面の上部。
斜めに彫られた模様よか梁の波とか彼方此方に彫刻が。
小さいお社で、境内社だけれど、凝った物を作ったなぁ~と、驚き。




 屋根の下のちょっとした部分にも花等の彫物。
相模原市の中では駅が遠く、交通が不便な地で、人口も少ない地域。
氏子さんは農業と養蚕を営む農家さんが大半だったと思うけれど、元々人口の少ない地域だし、他の地域の境内社より遥かに凝ったお社は、「養蚕で栄えた」と言う事の表れなのか、氏子さんの中に多額の寄進をした方がおられたと言う事なのか。

 次に日々神社へ。
私も此処は初めて。

 鳥居横の看板。
この文言の下には、境内に『畜生(動物)』をいれてはいけないと言う事が記されているのですが、上には『犬をお連れしない』と、犬に対して敬語に。
愛犬家に配慮した言い方なのかな?
 で、鳥居の前には狛犬が。
この2体の犬はOKなのかな?
それとも鳥居の前迄なら良いのかな?

 日々神社の拝殿と背後は樹齢300年の楠の木。
市の保存樹林にも指定されています。

 この神社のみと記されている『神鶏みくじ』。
鶴岡八幡宮だと鳩が入っているのですが、日々神社では鶏が。



 拝殿の扉や中には『日』のマークが。
社紋なのかな?でも、屋根は別の紋がついているんだよな。

 頼朝が10歳の頃(1157保元2)に植えられたと伝わる松の切株。
1966(昭和41)年の台風で倒れたとの事。

 日々神社の御朱印。

 相模原氷川神社へ。

 鼠の文鎮が置かれていました。
鼠年と言う事で、こんな部分にも鼠が。

 正月の御朱印

 1月の御朱印。

 御朱印をお願いすると戴く事が出来る『おさがり』の飴は、『鼠の顔』と『子』の金太郎飴に。

今では素通りで見向きもされないけれど、お蚕様に関するお社が多く現存する事を改めて実感した1日でした。
他の神社や他の土地でもお社や昔ばなしが存在するのではないかな?
現在の機械化・近代化の中で日本の養蚕が復活する事は出来ないのかな?








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