ダムの訪問記

全国のダムと溜池の訪問記です。
主としてダムや溜池の由来や建設の経緯、目的について記述しています。

蓮ダム

2016-01-08 12:00:00 | 三重県
2016年1月3日 蓮ダム
 
蓮で『はちす』と読みます。
日本有数の多雨地帯である台高山脈に源を発し伊勢平野南部を貫流する櫛田川は、大雨のたびに洪水被害をもたらしとくに1959年(昭和34年)の伊勢湾台風では流域に壊滅的な被害をもたらし抜本的な洪水対策が課題となりました。
そこで建設省中部地方建設局は櫛田川源流域に洪水調整機能を持つ多目的ダムの建設を計画、1991年(平成3年)に竣工したのが蓮ダムです。
櫛田川の洪水調節に加えて、既得用水への補給、大河川のない志摩半島や離島への上水道供給を目的とするほか、中部電力蓮発電所で最大4800キロワットの発電を行っています。
蓮ダムは櫛田川水系では唯一の多目的ダムで、三重県で唯一の国交省直轄ダムとなっています。
 
松坂から国道166号線をひたすら南下、香肌峡で蓮ダムの標識に従って県道569号線に入ると蓮ダムに到着します。
ダムの下流に吊り橋が架かりダムと正対することができます。
クレストは4門のラジアルゲート、コンジットは3門の高圧ラジアルゲート、さらに左岸にバルブがあります。
 
左岸から下流面。
 
左岸展望台から俯瞰。
 
天端は車両通行可能。
取水設備操作室やエレベーター棟、ゲート操作室などが並びます。
 
副放流設備から放流が行われています。
 
ダム湖上流面。
左奥の尖峰は迷ヶ岳。
 
湖面には噴水があります。これは表層曝気循環装置でダム湖表面の水質改善効果があります。
 
(追記)
蓮ダムには洪水調節容量が配分されていますが、治水協定により台風等の襲来に備え事前放流を行うための予備放流容量が配分されました。

1331 蓮ダム(0170)
三重県松阪市飯高町森
櫛田川水系蓮川
FNWP
78メートル
280メートル
32600千㎥/29400千㎥
国交省中部地方整備局
1991年
◎治水協定が締結されたダム

宮奥ダム

2016-01-08 11:00:00 | 奈良県
2016年1月3日 宮奥ダム
 
宮奥ダムは奈良県宇陀市大宇陀区の淀川水系宇陀川にある重力式コンクリートダムで1998年(平成10年)に完成しました。
宇陀市大宇陀区の灌漑用水および上水道の供給を目的としています。
 
桜井市多武峰からふるさと農道の大峠トンネルを抜けると宮奥ダムに到着します。
小ぶりな重力式コンクリートダムで、ゲートはクレストの自由越流式4門だけです。
 
左岸管理事務所の前にピラミッド型のモニュメント。
 
左岸から上流面
4門の洪水吐と取水設備があります。
 
左岸から河川維持用の放流が行われ、減勢工はプールの様になっています。
減勢工の先に簡易上水道の浄水場と配水場があります。
 
右岸から下流面。
 
上流面
左岸に管理事務所があります。
 
1582 宮奥ダム(0169)
奈良県宇陀市大宇陀宮奥
淀川水系宇陀川
AW
36.5メートル
175メートル
580千㎥/475千㎥
宇陀市
1998年

一の木ダム

2016-01-08 10:00:00 | 奈良県
2016年1月1日 一の木ダム
 
一の木ダムは左岸が奈良県五條市西吉野町湯塩、右岸が同市野原町の紀の川水系古田川にある灌漑・防除目的の重力式コンクリートダムです。
農水省による国営五條吉野農地開発事業の中核施設として1995年(平成7年)に竣工、運用開始後は五條吉野土地改良区が管理を受託しています。
奈良県は柿の出荷額全国第2位の産地で、その大半が紀の川(奈良県では吉野川)南岸の五條市、下市町の丘陵地帯に集中しています。
同農地開発事業の竣工により新たに600ヘクタールの柿樹園地が開発され、従来からの農地と合わせて約1700ヘクタールの樹園地に灌漑・防除用水の供給が可能となりました。
 
県道138号線を南下すると一の木ダムに到着します。
クレストに自由越流式洪水吐が並ぶゲートレスダム。
 
天端は車通行可
緑の屋根が管理事務所です。
 
減勢工
左岸手前は放流設備
奥は灌漑用水の揚水機場。
 
ダム湖。
背後の丘陵は一面柿農園が広がっています。
 
上流面
左は取水設備
 
(追記)
一の木ダムは洪水調節容量を持たない利水ダムですが、治水協定により台風等の襲来に備え 事前放流を行う予備放流容量が配分されました。

1574 一の木ダム(0168)
左岸 奈良県五條市西吉野町湯塩
右岸     同市野原町
紀の川水系古田川
38.4メートル
150メートル
1570千㎥/1400千㎥
五條吉野土地改良区
1994年
◎治水協定が締結されたダム

猿谷ダム

2016-01-08 09:00:00 | 奈良県
2016年1月1日 猿谷ダム
 
奈良盆地は豊かな穀倉地でありながら大河がないため灌漑用水は天水や溜池に頼っており、安定した水源確保は江戸時代からの悲願でした。
紀の川上流の吉野川から奈良盆地への導水を計画しますが、紀の川下流域の和歌山県の反発が強く長らく合意に至ることはありませんでした。
そこで水量が豊富ながら流域の大半が山間部のため大きな利水需要のない新宮川に着目、『十津川・紀の川総合開発事業』が策定されました。
これは吉野川分水路により紀の川(奈良県では吉野川)から奈良盆地へ導水する一方で、新宮川上流の十津川にダムを作り紀の川支流丹生川に導水して吉野川分水路で利用する水を補てんするというものです。
これにより長年安定した水源の確保を求めていた奈良盆地の悲願が達成されることになりました。
 
猿谷ダムは同事業の中核として新宮川上流十津川に着工された重力式コンクリートダムで、当初は奈良県の事業としてスタート、その後建設省が継承し1957年(昭和32年)に竣工しました。
十津川支流の各河川から川原樋川導水トンネルを経て猿谷ダム貯水地に貯留された水は坂本取水口から紀の川水系丹生川に流域変更して導水され、紀の川中下流域での既得水利権分の水を補給しています。
また丹生川において電源開発の西吉野第一発電所で最大3万3000キロワット、西吉野第二発電所で最大1万3100キロワットの発電を行っています。
一方で猿谷ダムは全国でも2基しかない洪水調節機能を持たない国交省直轄ダムとなっています。
 
十津川紀の川土地改良事業概略図(奈良県のホームページより)
 
川原樋川導水トンネル概略図(紀の川ダム統合管理事務所ホームページより)
 
五條から国道168号を南下、分水嶺となる天辻トンネルを抜けると猿谷貯水池が見えてきます。
新猿谷トンネル手前で旧道に入るとダムサイトに到着します。
もろ逆光のため苦しい撮影です。
 
 
天端はゲート部だけ前面にせり出しています。
昭和30年代のダムらしく円形のバルコニーが設置されています。
 
洪水吐導流部
コンジットから放流しています。
 
右岸から。
 
 
猿谷ダムだけにダムサイトのベンチにはおサルさんがいます。
 
申年だけに、今年最初のダム巡りでどうしても訪問したかった猿谷ダムでした。
 
(追記)
猿谷ダムは洪水調節容量の配分がありませんが、治水協定により台風等の襲来に備え 事前放流を行う予備放流容量が配分されました。
 
1559 猿谷ダム(0167) 
左岸 奈良県五條市大塔町辻堂
右岸        同町猿谷
新宮川水系熊野川
NP
74メートル
170メートル
23300千㎥/17300千㎥
国交省近畿地方整備局
1957年
◎治水協定が締結されたダム

大迫ダム

2016-01-08 08:00:00 | 奈良県
2016年1月1日 大迫ダム
 
大迫ダムは奈良県吉野郡川上村の紀の川(奈良県では吉野川)にあるアーチダムです。
『十津川・紀ノ川総合開発事業』の中核として、農林省により吉野川分水路の水源として1973年(昭和48年)に建設され、津風呂ダムとともに吉野川分水路による奈良盆地への新規灌漑用水、および上水道の供給を行っています。
また関西電力大迫発電所で最大7400キロワットの発電を行っています。
一方吉野川(紀の川)は日本一の降雨地帯である大台ケ原を水源としていますが、下流に洪水調節機能を持つ大滝ダムが計画されていたことから大迫ダムには洪水調節機能はありません。
 
「十津川村・紀の川総合開発事業』は新宮川水系から紀の川水系への流域変更を行い、2県にまたがる事業のため大迫ダムは農水省近畿農政局による直轄管理が行われています。
 
十津川紀の川土地改良事業概略図(奈良県のホームページより)
 
大滝ダムから国道169号線を南下すると正面に大迫ダムが見えてきます。
まずは下流から、赤いゲートが映えます。
 
ゲートをズームアップ。
 
左岸から。
 
天端は県道で車両通行可能。
 
減勢工
右岸の大迫発電所と放流施設操作室があります。
 
減勢工の中に半円形の段差があります。
 
右岸から
右岸のみウィングが付いています。
 
右岸から上流面
赤で統一されたゲート、取水口、インクライン。
 
(追記)
大迫ダムは洪水調節容量を持たない利水ダムですが、治水協定により台風等の襲来に備え 事前放流を行う予備放流容量が配分されました。
 
1567 大迫ダム(0166)
左岸 奈良県吉野郡川上村大迫
右岸        同村北和田
紀の川水系紀の川
AWP
70.5メートル
222.3メートル
27750千㎥/26700千㎥
近畿農政局
1973年
◎治水協定が締結されたダム


大滝ダム

2016-01-08 07:00:00 | 奈良県
2016年1月1日 大滝ダム
 
紀の川水系では、戦後『十津川・紀の川総合開発事業』が策定されましたが、この事業は利水が主目的であり紀の川水系の洪水調節については手つかずのままでした。
ところが1959年(昭和34年)の伊勢湾台風により、紀の川流域で壊滅的な被害が生じ紀の川の洪水調整が喫緊の課題となりました。
そこで1960年(昭和35年)に『紀の川修正総体計画』が新たに策定され、その中心となったのが大滝ダム建設です。
しかし、ダム建設に向けては『西の大滝、東の八ツ場』といわれる激しい反対運動がおこり、着工後も貴重の遺跡の発見や試験湛水中の地滑り発生などにより、結果として事業開始から完成まで50年の年月がかかり、2012年(平成24年)にようやく竣工、日本の長期化ダム事業の代表例となってしまいました。
大滝ダムは紀の川の洪水調節のほか、奈良県北部および和歌山県北部への上水道供給、和歌山市沿岸工業地域への工業用水の供給、さらに関西電力大滝発電所で最大10500キロワットの発電を行っています。
 
吉野から国道169号線を南下、五社トンネルを抜けると目の前に大滝ダムが現れます。
 
地域住民の意向を取り入れ、ダム上端はアーチ橋を模したデザイン、天端の上もすっきりしています。
右岸にはカスケード方式の減勢施設があります。
 
天端は2車線が確保できる幅ですが一般車両は通行禁止。
対岸のケーブルクレーンはクロヨンでも使用されたもので、現在は展望台になっています。
 
カスケード方式の減勢工。
 
下流部
副ダムの下流に大滝発電所があります。
 
右岸から
日本で初めて油圧式クレストゲートを採用するなど、景観に配慮し天端からの突起をできる限り抑制しています。
 
天端高欄やバルコニーのデザインにも気を配っています。
 
左岸上流から。
 
半世紀をかけてようやく完成した大滝ダム。
それゆえ、今後予想される100年に一度の大水害にもこのダムが敢然と立ち向かってくれることでしょう。
今回元旦の訪問ということで、ダム資料館である『学べる建設ステーション』は休館中、ダム内部の見学も叶いませんでしたが、ぜひ再訪してじっくりと見て回りたいダムです。
 
(追記)
大滝ダムには洪水調節容量が配分されていますが、治水協定により台風等の襲来に備え事前放流を行うための予備放流容量が配分されました。
 
1579 大滝ダム(0165)
奈良県吉野郡川上村大字大滝
紀の川水系紀の川
FNWIP
100メートル
315メートル
84000千㎥/76000千㎥
国交省近畿地方整備局
2012年
◎治水協定が締結されたダム

津風呂ダム

2016-01-08 06:00:00 | 奈良県
2016年1月1日 津風呂ダム
 
津風呂ダムは奈良県吉野郡吉野町の紀の川水系津風呂川にある重力式コンクリートダムです。
農林省による『十津川紀の川土地改良事業』の一環として、吉野川分水路の水源として1962年(昭和37年)に建設され、津風呂ダムの完成により吉野川(紀の川)から奈良盆地へ吉野川分水路を通じて新規灌漑用水と上水道の供給が可能となりました。
その後、吉野川(紀の川)上流に大迫ダム、大滝ダムが完成し水供給は一段と確実性を増すこととなります。
 
十津川紀の川土地改良事業は新宮川水系から紀の川水系への流域変更を伴うこと、奈良県と和歌山県の2県にまたがる事業であることなどから、津風呂ダムは農水省近畿農政局の直轄管理となっています。
 
十津川紀の川土地改良事業(奈良県ホームページより)
 
国道169号線を吉野川沿いに東進し、津風呂湖入口交差点で県道256号に入ると津風呂ダムに到着します。
左岸から、赤いゲートが湖面に映えます。
 
左岸展望台から
手前にダム管理事務所があります。
 
天端は車両通行可能
生活道路となっており意外と通行量が多い。
 
減勢工
直角に曲がっています。
 
右岸から
 
(追記)
津風呂ダムは洪水調節容量を持たない利水ダムですが、治水協定により台風等の襲来に備え 事前放流を行う予備放流容量が配分されました。
 
1564 津風呂ダム(0164)
奈良県吉野郡吉野町河原屋
紀の川水系津風呂川
AW
54.3メートル
240メートル
25650千㎥/24600千㎥
農水省近畿農政局
1962年
◎治水協定が締結されたダム