『いいかよく聞け、五郎左よ!』 -もう一つの信長公記-

『信長公記』と『源平盛衰記』の関連は?信長の忠臣“丹羽五郎左衛門長秀”と京童代表“細川藤孝”の働きは?

南部政直(なんぶまさなほ)

2018-08-16 00:00:00 | 信長公記の蔵:人物篇
南部政直(なんぶまさなほ)

〔現代仮名遣い〕なんぶまさなお

※下線部は信長公記以外の記事によります。


宮内少輔。陸奥尻内城の将。

1578年8月安土の信長に鷹五足を進上。万見重元

    のところで接待を受ける。

1579年7月信長へ鷹を持参の上進上してきた奥州

    の石田主計・出羽の前田利信の接待を堀

    秀政が行なった時、お相伴をつとめる。

人質かそれとも東北方言の通訳として長期滞在し

ていたものか?



 ※今より東北方言がきつかったでしょうから、

  南部政直のような“方言の通訳”は戦国時代

  は貴重だったんでしょうね・・


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