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悔しさをばねに!元巨人、阪神のエース小林繁さんに捧げる!

2010-01-19 06:44:55 | Weblog
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おはようございます。中小企業診断士のあお先生こと青木公司です。

先日、あの名投手小林繁さんが急性心不全で亡くなりました。

サードスローからのコーナーぎりぎりに投げ込むすばらしいストレート、スライダー、シンカー気味のフォーク。

すばらしいボールで一時代を築きました。

青木がプロ野球を本格的に見始めた昭和51年。小林さんは長島巨人軍のエース。

すばらしい投手でした。

細い体に鋼の筋肉。美しい選手でした。

彼がさらに有名になったのは、あの空白の一日。

そう。江川卓氏との交換トレードです。

高校時代、甲子園の三振奪取記録をうちたてる。地方予選全6試合でパーフェクト1、ノーヒットノーラン3、打たれたヒット4本。
大学時代は法政大で記録を作り続けた彼は、前年のドラフトの期間と今年のドラフトの有効期限の切れる1日の間に巨人に入団。

しかし、それを否定するプロ野球機構との間で揺れました。

そして、ドラフトで阪神に指名されていました。

リーグ分裂の危機。それを救ったのが小林さんでした。

巨人のエース小林さんと、一旦阪神に入った江川さんの交換トレードという裏技を小林さんが救ったのです。

その記者会見。文句一ついわず、「自分は阪神に請われていく。プロ野球選手として、同情は一切して欲しくないし、結果を見て欲しい。」

その年、小林選手は阪神のエースとして、鬼神のような投球で年間22勝で最多勝。そして巨人からは無傷の8連勝をあげました。

引退した年。13勝をあげながら、「自分のピッチングができない。」と引退した気高い男は、その後、解説者として活躍。日ハムのコーチとして、活躍していました。

あの美しいサイドスローと意地は今でも心に残っています。

小林さん、さようなら。

すばらしい記憶をありがとう。

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