新・シュミのハバ

ついに、定期小説の更新スタート!!!
いつまで、続くのやら・・・。

透明人間、12

2008-04-05 19:37:36 | 連載小説
12

夕日が落ちる前に、タイムカプセルを彫ろう。
サキは思いついたように笑って、そして言った。
「何十年か後に、またここに来よう。」
僕は心臓をぎゅっと掴まれたように苦しくなった。
またここに来よう、と言う無邪気な言葉が心に刺さった。
僕の不安が、彼女に伝わったのだろうか。
「ずっと、一緒だよね?」
そう不安そうにサキは僕に尋ねた。
「ずっと、一緒だ。」
サキの不安を取り除くように、僕は強く言った。彼女の笑顔が蘇る。

「じゃあ、これを入れよう。」
僕は財布の中から、下手に編み込まれたミサンガを取り出した。
「なに、それ?」
とサキが聞いた。
「誕生日プレゼントに編もうとしてたミサンガ。いくらやってもうまくできなかったから諦めた。」
そう言って、僕は頭を掻いた。
「リョウスケらしいね。」
くすくすと笑って、サキが言う。
「じゃぁ、私は・・・。」
鞄に手を入れながら、サキが言う。
「これを・・・。」
サキが鞄から取り出したのは、表紙に大きく日記帳と書かれた一冊のノートだった。
「なに、それ?」
僕もサキと同じ言葉で尋ねる。
「内緒。」
でも、反応は違った。
「また掘り出した時の、お楽しみってコト。」
サキはそう言って、ふふ、と笑った。
「えぇ~、気になるな。」
僕はノートを見つめながら言った。
「そうだ。」
急にサキは叫んだ。僕の言葉を遮るようなタイミングだった。
「これも入れよう。」
サキは僕があげた一輪のひまわりを手に取った。
「これを最後の一ページに。」
サキはノートの最後の白いページにひまわりを挟んだ。そして、それを押さえつける。
「押し花か。」
僕はそれを見て言う。
「リョウスケも手伝って。」
とサキが言ったので、僕も一緒になって押さえた。
小さなタイムカプセルが完成した。何重にもノートとミサンガを包んで、分かりやすい場所に埋めた。
誰にも掘り返されないような場所に、二人だけの秘密を作った。そんな秘密があるってだけで、どこか特別でそれだけで十分だった気がする。
「楽しみが増えたね。」
サキは無垢な笑顔を浮かべる。
複雑な気持ちながら、僕も思いっきり笑った。
そして、山道を降りていく。二人の秘密を置いて、綺麗な絶景に別れを告げて・・・。
遠くなっていく二人の思い出が夕日に照らされていた。

夜が来る前に、僕らは旅館に辿りついた。
頂上から一時間ほど離れた場所にその旅館はあった。
気品漂う入り口を通って、僕は受付を済ませ、足を進める。
「すごい、かっこいい。」
その雰囲気にひるむことなく、手続きをしていく僕を見て、サキは言った。でも、予約してくれたのも女将に伝えといてくれたのも、斉藤なのであんまり威張れなかった。
でも、思いっきり自分がすべてやったかのように、僕はサキの手を引きながら、部屋へと向かった。計画通りだった。サキの手を引いて、僕は歩く。
「惚れ直しちゃった。」
と言って、サキは僕を見た。
「まあね。」
と頬を掻きながら、僕は笑う。
斉藤に心の中でまた感謝した。

部屋は窓から綺麗な景色が見える立派な和室だった。サキはキラキラした目で、その景色を見つめていた。
僕はサキに近付き、そして後ろからギュッと彼女を抱きしめた。

どこにも行かないでくれ、サキ・・・。

必死に笑って、心で泣いた。
涙を堪えるために、彼女をぎゅっと抱きしめる。
もう、何十年も寄り添って生きてきた妻を抱く、夫のような気持ちだった。

サキ・・・。

時間が止まったのを感じましたか?

僕らのために、世界が少しだけ回るのを止めたことに気付きましたか?

世界は僕らを祝福してくれてる、そう信じている。
遠くまで来たね。
不条理で残酷な現実から離れ、二人だけの特別な時間の中に潜り込んだね。

傍にいれることが、奇跡のように感じる。
ずっと、こんな時間が続けばいいのに。
何度思ったことだろう。
サキは今、どんな気持ちなんだろう。
僕と同じ気持ちでいてくれているだろうか。
どれくらい、君の気持ちに近づけただろうか。僕はどれくらい理解してやれるだろうか。

「もしも、私がいなくなったらどうする?」
ぼそっとサキが呟いた。ドキッとした。心を見透かされているかのようだった。その不安は、ずっと僕の胸の中にあった筈だから。
「探しに行くよ。」
心から、僕は叫ぶ。
「すぐに、探しに行く。」
僕のその言葉に、サキはぱっと笑顔になる。抱きしめた僕の腕を掴んで、サキは振り返った。僕の両腕をぎゅっと握って、サキは僕を見上げる。
目が潤んでいた。今日はあまりにも特別だったから、感情をうまく整理できてなかった。
ようやく、僕は肩の荷を降ろしてサキを見つめる。
もしかしたら、僕の目も潤んでいたかも知れない。
感情が高鳴って、僕らは無意識に泣いていた。嬉しくて、切なくて、僕は泣いた。
始めてサキは自分から僕に唇を寄せた。言葉のない会話は、そして繋がる。
僕が祝える、サキの最初で最後の誕生日が終わる。夜の空に星が散って、ファンタジックな世界が生まれる。サキと二人で見る星は、いつもより輝いていた。
不思議だった。
何もかもが新鮮な二人の時間は、熟年夫婦のように濃厚で、それでいて初恋のようにドキドキした。
一緒に空を見上げて、そして思う。
奇跡はきっと、いつまでも続く。サキは僕の隣にいて、僕はサキを抱きしめている。ずっと、永遠に・・・。


・・・探しに行くよ。

いつかの言葉が僕の頭の中で響いた。はっきりとしてて、力強い言葉。
僕の足は腐ってしまったのだろうか。
何をやってるんだ、自分は。
今すぐ、サキを探しに行くべきだろう。それが、サキとの約束だから。

振り返ってみたら、何もかもが幸せだった。
サキとの時間、埋まっていくピース、目の前の景色。全部、好きだった。
僕は間違ってなんかいなかった。サキと一緒にいれて、僕は本当に幸せだったから。
「もしも、私がいなくなったらどうする?」
未だにサキは、僕に尋ねる。遠くから、僕を呼んでる。

愛している、も今なら嘘っぽく聞こえてしまうかも知れないね。サキ・・・。
あの日、僕が泣いたのは、こんな日がやってくるって分かってたからなんだよ。
何もかも受け入れて、そしてすべてを信じようと決心したけど。僕はまだ大人になりきれない馬鹿な子供だから・・・。うまくいかないことを、受け止められない子供だから。だから、息ができなくなるくらい悲しくなってしまう。
あの日の言葉は、嘘じゃなかった。あの時、サキが消えたら、すぐに僕はサキを探しに走ってただろう。
でも、時間は残酷で、僕の気持ちを変えてしまった。僕の足は完全に止まってしまって、君を追いかけることができなくなってしまった。
おかしいくらい、僕の頭は何も考えられなくなっていたし、体は金縛りにあったみたいに動かなかった。
言い訳ばかりを繰り返す僕は、情けない小さな男だ。サキに嫌われても仕方がない。
僕の隣はぽっかり空いた。ついに来てしまった。覚悟はしていた。でも、やっぱり無理だった。
強くはなれない。正義のヒーローにもなれない。残るのは後悔と、楽しかった思い出だけ。
ただ、それだけだった。

あれから、一年の月日が流れていた。
騒がしい教室の中で、ぽっかりと空いた空席をぼんやり眺めていた。
サキが急に学校に来なくなって、一週間が過ぎようとしていた。
昼休みが終わって、僕は教官室に行った。でも、教師に何を聞いても、生徒のどんな噂を聞いても、本当の事は分かっていた。
覚悟はしていた。ただ、こんな終わりが来るなんて思ってもいなかった。
サキは自分の家から、近くの病院から、いや・・・この街から姿を消した。何も言わずに、サキは消えた。

一緒に歩いた通学路を一人で歩いていると、サキの姿をつい探してしまう。サキの後姿を追いかける日々が、もう来ない。
あんなに夢中だった日々を失って、僕はこれからどう生きていけばいいんだろう。
肩を落として歩いた。サキを最後まで追いかけられなかった自分に、僕は絶望した。サキとの約束を、こんなにも簡単に破ってしまう自分を責めた。
でも、僕には追いかけられなかった。
サキはいつも笑っていた。そんなサキと対等な笑顔を見せられない自分が情けなかった。くるりと振り返って見せる、サキの笑顔。
いつも話のきっかけはサキだった。サキが夢中になってしゃべって、僕がそれに相槌を打つ。
「ねぇ、聞いてる?」
「えっ、あぁ、聞いてるよ。」
「ホント?」
「うん、ホント。」
終着駅の見えない会話。噛み合っているようで、噛み合っていない微妙な会話。
どうでもいい話ばかりだった。
それでも最後は寂しくて、バイバイを言うのが嫌で、僕が話を切ろうとすると、慌ててサキは僕の声を遮った。
「それでね、それでね。」
二度言う、それが時間を延長するおまじない。
結局日は暮れて、真っ暗になって・・・。

サキの言葉を思い出していた。きっとずっと魔法の言葉。
「実はね、私、透明人間になれるんだよ。」
僕も思わず口に出す、
「透明人間になれるんだよ。」

一人暮らしの部屋は、よりいっそう寂しく狭かった。
サキを探しに行きたかった。だけど、それが無駄なことだってことくらい分かっていた。それに、探す当てが全く無かった。
僕は、ネジが外れてぐらぐらになった椅子に力なく腰掛ける。きいっという怪しい音が鳴って、椅子は揺れた。
机の上は綺麗に片付いていて、隅っこに小さな紙が置いてあった。僕はゆっくりとその紙を手に取り、開いた。
「話したいことがあります。」
それはサキの字だった。僕とサキが付き合うことになった日にサキからもらった、呼び出しの手紙。
想いが巡って、同じところをぐるぐると回った。好きだといってくれたサキ、ありがとうと言って泣いたサキ、透明人間になれるんだよ、と笑って言ったサキ・・・。
紙に書かれた文字が、みるみるうちに涙で滲んでいった。
まだまだ、思い出が足りないと思っていた。僕は、単純にサキといることしかできなかったから。でも、悲しくなるには十分だった。悲しみに暮れて、涙を流すには十分すぎた。
僕は、泣いた。
まだ死んだわけじゃないだろ、と自分を叱って、涙は流さずにいたのに。だけど、止まらなかった。
不意打ちだった。
こんなに悲しくなって、息が詰まって、全部消したくなるくらい苦しいなんて、僕には耐えられなかった。

サキにもう一度会いたい。
このまま、さよならだなんて辛すぎる。
サキが僕にかけた魔法が解け始めていた。僕を惑わしたのは、あの言葉だった。
「実はね、私、透明人間になれるんだよ。」
サキはいなくなったんじゃない、どこかに行ったんじゃない。透明人間になっただけだ。ずっと、傍にいる。隣にいる。そんな幻想にすがっていた自分に気付いた。

僕は精一杯、弱々しい手で涙を拭った。
僕は心を落ち着けて、そして深呼吸した。
サキが透明人間になってしまって、本当に消え去ってしまう前に、僕は走り出す。
「探しに行くよ。」
僕は大声で言った。

「すぐに、探しに行く。」

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