テニスコーチのテニスとお酒ライフ

酔っぱらいテニスコーチの戯言です。

道を歩けば

2014-05-31 12:53:50 | ブログ

道を歩けば誘惑のオンパレードですね。





どんな文句が一番魅了的かと言いますよ、「大盛り無料」です。





特に白飯が好きなので、「ご飯おかわり自由」も超魅力的です。





で、先日この「大盛り無料」に魅かれてきれいな定食屋さんに入ったんですが、悲しいかな、女性サイズの無料です。





やはり、きれいな雰囲気の店ではこの辺はあるあるなんでしょうね。





と、ここで、昔を思い出しました。





福島に住んでいた時なのですが、やはり食べ盛りですが、かなりの金欠状態でしたので、おいしさというよりも、どれだけ腹に溜まるかというのが定食屋を選ぶ時のポイントでした。





「めしのはんだや」というチェーン店があるのですが、ここにはよく行ってました。





何せ、大盛りが無いんです。





つまり、中盛り以上は多すぎて食べれませんとことだったと記憶しています。





その当時で、中盛りで3合くらいあった記憶があります。





生卵と、何かのおかずを入れても会計が500円以内だったと記憶しています。





牛丼を満足するくらいまで食べたら1000円を超えるので、その半額以下で満足できるという判断ですね。





今は、もうこんなに食べれないんですけどね(^_^;)





今年の福島の両親の家が完成する予定で、多分帰郷すると思うのですが、その時に行ってみたいですね。





噂で聞いたのは、女性のお客さんも取り入れようとして、店内がきれいになってるって話なので、ある意味楽しみです。





私が行ってた頃は「ザ・男の店」みたいな感じでしたからね。





やはり、きれいなルックスは女性を魅了するんでしょうな。





私もメンズエステに通おうかしらね。





毎年無料券が届くんですが、行ったことがありません。





そうか、だから嫁がいなかったんだなρ(・ω・、)











でも、やっぱり行かないんだろーなー(´・ω・`)






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リセット

2014-05-30 21:15:50 | インポート

 

最近また、かみなりを落としました。

 



大学生とは6年間の付き合いになるのですが、なかなか難しいんでしょうかね。

 



基本的に私は「学生」に厳しいです。

 



それは技術に厳しいのではなく、幼稚園で習う内容のことに厳しいのです。

 



「あいさつをしましょう」、「返事をしましょう」、「思いやりを持ちましょう」、「約束は守りましょう」そんな話です。

 



でも、これが難しいんですよねー(o´д`o)=3

 



接してきた大学生は医学部で、将来医者になる子です。

 



その子達は必ず高い倫理観が必要になると思うんですが、そんな意味も含まれています。

 



毎年問題があると幹部を呼び出して居酒屋会議になるのですが、今回もそうなりました。

 



ということで、「何が食いたい?」とメールしたところ、

 



「ホルモン、ゲテモノ類がダメです」とのこと。

 



いやー、この子が悪いわけじゃないんですよ。

 



この子の返信には、まったく問題がないんですよ。

 



わかってるんです。

 



わかってるんですが、

 



ホルモン=デブ、ゲテモノ=私自身、と解釈してしまうのは被害妄想大の証でしょうか。

 



思わず、




「うまい返信するなー」と感心しました。

 



ということで、居酒屋会議スタートです。

 



まず、彼らに対する不満は、毎年毎年なぜ同じ問題で怒られるのかってことです。





上の代が怒られたことが下の代でも同様の内容で怒られることってのは情報の共有が無いということです。

 



これは、上下左右の関係ができていないことを証明するものですね(;´ρ`)

 



つまり、人間関係が希薄だということを意味していると解釈できるからです。





医者の原点は人を思いやり、その人を助けようとすることにあるんじゃないのかね?と問いたいのです。

 



ということで、こっちの言い分を言うだけ言ったので、今度は幹部の話を聞くことになります。

 



いやー、色々出てきますね(´。` ) =3

 



アホすぎる内容から、難しい問題まで、オンパレードですね。

 



さすが偏差値の高い集団ですね。

 



1つの問題は、意識の高い子と、意識の低い子で格差ができてしまっているということと、この格差は人間関係にも影響を及ぼしているということです。

 



これは難しいですね。





スラムダンクの赤木を思い出しますゞ(>д<)




1人で全国制覇目指して、みんなが離れていきましたからね。

 




別にテニスのプロになる集団ではないので、やる気がないということは排除されるほどの問題ではありません。

 



が、やる気がない子の主張というのは、「何々してほしい」、「これはやりたくない」、というのがメインになるのでしょう。

 



「何々してほしい」というのは、ツバメの子が餌をもらう行為にしか見えないのですが、これも解釈によって分かれる事案でしょうね。

 



能力というのは、自分で獲得するものなのか、それとも誰かが与えてくれるものなのか。

 



ド・シャームのオリジンとポーンの話を思い出しました。





自分の意志で行動するのか、運命によって色々決まってると流れに身を任せるのかということです。

 



子どもがどう解釈するかは、親の教育が関係しているということですね。

 



「これはやりたくない」については、できない人間がやりたくないことに対してやらない理由を羅列しているだけ、と簡単に切ってしまってもいいのですが、これも現代社会問題の1つだと思っています。

 



やらないのであれば、きっと能力を獲得することはないでしょう。

 



能力を獲得することができないのであれば、自分を好きになることもないのでは?と私は思ってしまいます。

 



できないことを、努力して獲得することで、自分自身に対して好感がもて、生きている事そのものに対して充実感が持てるのでは?と思うからです。

 



これは幸福につながるとも思っています。

 



が、コントロール(強制)してこれを無理にさせようとした場合、問題がたくさん出てくることも事実です。

 



やりたくない受験勉強をたくさんして、学力を高めた結果、死んだ魚のような目をしている偏差値が高い、メンタルの弱い子がつくられていくことに私は批判的です。

 



目が輝いて、能力もある子どもを育てるということを目指すべきだと思っています。





そこでマズローの欲求段階説です。

人間は最初に生理的欲求を満たそうとします。

食べる、飲む等のことです。

それが満たされると、安全欲求の段階です。

安心した生活や時間が過ごしたいという欲求です。

それが満たされると、社会的欲求です。

これは仲間を作ったり、組織に属するという欲求です。

で、ここから自己の内部の欲求に入ります。

尊厳欲求と呼ばれるものです。

他人、他者に認められたいという欲求です。

そして、自己実現欲求です。

言葉通り、自分が理想の自分になろうとするということです。

これ以上は、超越した欲求と呼ばれ、行動自体が目的であり、欲求ということです。

自我を忘れて、目的のみに没頭するということですね。





この上位の段階にいる人間になることが相対的幸福かと言われれば、そうじゃない可能性もありますが、私が言いたいのは、自分の人生に意義を見いだせられるようにすることが大切だと思いますし、それが生きた意味そのものになるのではないのかということです。





モノを買って商品を受け取り、その商品が不良品であれば簡単に交換できると思います。





が、人間は交換できるとは思いません。





ここに私の安っぽいヒューマニズムがあります。





文化文明が発達し、見渡せば常に代用品が存在し、快を獲得することが簡単にできる社会になりました。





おかげですべてのものを、「快」、「不快」で判断し、目先の「快」に向かうことのみを目的に行動に表わす人が多くなりました。





いわゆるモンスターと呼ばれる人達です。





「快」でないから、「快」になるためにクレームを入れるわけです。





「俺が気に入らないからやらない」というのもその根拠は「快」、「不快」が真実でしょう。





「快」のみを獲得し続けた人間はストレスに対して非常に弱いです。





己の成長とは、自分で行動し、考え、反省し、獲得していくものだと思っています。





つまり、誰かが与えてくれるモノ、お金で買えるモノではなく、自分自身の手で獲得するものだということです。





自分で獲得するからこそ、意味があるのです。





これを、どこの塾やスクールに行けば能力が勝手に上がると信じていること自体問題なんです。





いくつかの有名塾の本を持っていますが、彼らは非常に知識を持っています。





行動分析学にも長けており、脳科学の知識もあります。





彼らがやってることは、それを経済に結び付けていることであり、ある意味、人間の行動、心理を知ることで、学力と呼ばれる文部科学省が作った事項の数値で上げれるもののみを上げているということで経済的に成り立っているということです。





ストレス耐性や、思いやりは社会で評価されないんでしょうかね?





しかし、人の心を数値化できるとは思えません。





ということで、今回で大学生とは一度リセットしたいと思います。





思い起こせば居酒屋会議は色々ありました。





2年前は法主義について議論し、去年は平等についての議論、今年は倫理と人間の成長についての議論です。





ま、すべては私のエゴなんでしょうね(^_^;)





社会に出て、その厳しさに対して簡単にへこんだり、立ち上がれなくなってる子を見たくないというエゴです。





「ブラック」という言葉を使えばすべて許されると思ってる、何も行動しようとしないバカを増やしたくないというエゴです。






この思考は親が世の中をどう見ているのかということが大きく関係していますが、本人が変えたければ変えることができるんです。





と、熱く語っても学生からは「はい、ありがとうございます」と言葉は出ますが、実際は寒い視線しか来ないのでしょうね(-д-)





指導者が能無し、信頼無しなのか、指導者のストレス負荷が大きいのでしょう。





6年間本当に疲れちゃったので、フロリダにバカンスに行きたい気持ちです。





ということで、ちょっと休んで、彼らに費やしていた時間をキッズプログラムを充てられたらいいなと思っています。





まあ、目の前のやるべきことは多く、数年後になる可能性が高いのですが(^_^;)





幼稚園児に幼稚園児で学ぶべき内容を教えたときにちゃんとできるのか興味があります。





同じ目線で会話ができるんだろーなーヾ( ̄∇ ̄=ノ




 

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福島合宿告知

2014-05-28 09:08:38 | ブログ

福島合宿の要綱をアップしました。





今年開催するか色々迷ったんですが、希望される方もいらっしゃるので、踏みきったというわけです。





去年何が大変だったかって、まず、キャンセル、キャンセルのキャンセルが多く、その度にペンションに連絡を入れるのですが、ペンション経営の方もご高齢の方なので、やりとりが進まなかったり、以前の申し込みとごっちゃになったりと、けっこう大変でした(^_^;)





で、現地に着いたら到着するはずの高速バスが2時間弱遅れで、もうてんやわんやでしたね。





失敗から学ぶというのをモットーにしていますので、去年の失敗を今年取り戻そうという意味もあるわけです。





料金は1000円上がっているのですが、これは消費税分です(^_^;)





ということで、要綱をよく読んでいただいて、納得していただくことを前提にお申し込みください。

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最近騒がしいですね

2014-05-26 22:47:17 | ブログ

最近騒がしいです。





ロシア、ウクライナ、タイ、中国、ベトナム、アメリカ、そして日本。





なんで対立するのか?





それはやはりお金です。





もしかしたらプーチンは覇権に興味があるのかもしれませんね。





アメリカが中東で色々やってることが気に入らないんでしょう。





世界の地下財産が枯渇するのは経済の発展と反比例の関係にあると思いますが、少なくともあと100年は我々はその恩恵に甘えなければならないでしょうし、エネルギーを獲得するために資源を持たない国は奔走することでしょう。





そこに経済の動きがあるので、どの国もあの手この手で売りたいということになるんでしょうね。





だから、中国の尖閣も南シナ海も譲れないというのが多少強引でも実効支配に何とか持っていきたいということになるのでしょう。





法治国家を目指す日本にとっては早く国際裁判に中国を引きずり出したいのでしょうけど、負ける要素がある以上、絶対に中国は裁判に出てこないでしょうね。





この辺が国をどう統治するかという統治者の考えと、国自体の雰囲気ということにつながるんでしょうかね。





でも、私の考えでは、やはりこれらは人がやっていることなので、人自体に興味をもって接していくことで、様々な考え方を共有することで共存につながると思うんですけどね。





ま、これも経済が絡んで、幸福論が論じられれば私の考えは簡単に批判の的になるんでしょうね。





今日もこういった「考え方」について色々考えるのですが、答えは出ないですね。





大学生にも色々話するのですが、こういったアポリア的なパラドックスを考えることって絶対必要だということを言っています。





その表現として、モダニズムの追及に向かっても、ホリスティックの方向に向かってもそれはそれで意味があることでしょう。





個性の表現になりますね。





主張をしたいのであれば、主張できるだけのものがなければ、「それはただのわがままである可能性があるということを理解できるか」ということをよく学生には言います。





自分の主張に担保を持つというか、根拠を持ってほしいんですよね。





赤ワインにするか、白ワインにするか、その根拠がポリフェノールが入ってるかどうか、それが健康につながるでもいいんですけど、「なんとなく」であれば、自身の感覚論を持ってほしいんです。





それが「次」につながると思うからです。





苦しんで、悩んで、そこから出たものは何かしら自分の財産になると思うんですけどね。





自己の中に財産は必要ないって言われればそれまでなんでしょうけど、その時間は自己の成長につながり、自己に対して自信を持つものになると思うんですけど、これも難しいですね。





さて、私も人の成長を気にするのではなく、私自身に向けなくていけませんね。





身体は成長していますが、その他は堕落しっぱなしですね(-_-;)





こんな時はやはりビールを飲んで現実逃避がいいのでしょう。





負のスパイラルの中から「次」を目指すことも考えれば見つかるということもある。





なんちゃって(^_^;)




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石の上にも5.2年

2014-05-23 11:50:07 | ブログ

  昨日のTVなんですが、10000時間の法則という言葉を初めて聞きました。 






マルコム・グラッドウェルの提唱した法則で、
10000時間の法則とは、 あるスキルに熟達するには10000時間の練習が必要であるという内容です。

 






おもしろいですね
(*゜▽゜*)

 






これを会社員がスキルを伸ばすと考えると、
1月の労働時間を160時間として、年間1920時間、10000時間を1920で割ると、約5.2年になるわけです。

 






よって石の上にも
5.2年ということになるんですね。

 






ま、これはいろんな意味があって、ただ単に
10000時間を過ごせばいいというものではありません。

 






能力(知能)には結晶性知能と流動性知能というのがあると言われていまして、前者は継続することで伸びる能力、後者は
20才までに伸び続ける新しいものを取り入れる能力といわれています。

 






ここでいう
10000時間の法則は主に結晶性知能を意味しているということができます。

 






この結晶性知能、すごいのはスキルを獲得すると脳の形状も変えるということがわかっています。

 






もちろん、やらなくなると、脳の形状も元に戻るというのもわかっています。

 






昨今感じるのは、世の中便利になって、自分に合わないとすぐにポイってなる人が多いと感じます。

 






世の中の便利さと相関が高いオペラント条件付けかなとも思っています。

 






もちろん、これは信念信条、生理的なもの等仕方がないこともあるかと思います。

 






が、能力を持っていないと判断される人間がこれを続けていたらどうなるかは理解できるでしょう。

 






だからと言って「我慢し続けろ」と言うつもりもないんです
(。・ω・。) 

 






最高なのは、その行為をしていて気がついたら
10000時間経っていたということになります。

 






これが難しいですね。

 






人間に興味を持たせるようにするには?という指導者側からみた問題に対して、スモールステップ理論等、色々あるんですが、人間の感覚が個性を持つように、感じ方は十人十色で、何かが全員に完全に広まるってことはありえないんです。

 






なので、指導者としては、それを
10%から20%というように、より100に近づくように努力するわけなんですが、まあ、難しいです。

 






個別で教えれば解決する、とも言えますが、社会性が伸びにくくなります。

 






自分を客観的相対的に判断できなくなってしまうという弊害ですね。

 






この辺のジレンマをどうしていけばいいのかということとの日々戦いですね。

 






社会性の中で個性を伸ばしていくということになるんんでしょうけど、そういうことを考えるとプログラムをどうするかということのせめぎ合いになります。

 






なので、根本的に指導者は信頼されないといけない存在なのですが、これもなかなか簡単なことではありません。

 






「こいつがこう言ってるんだから、何か必ず意味がある」と思ってもらうまでには小さい積み重ねで信頼を獲得していくしかないのです。

 






これは指導者とよばれるすべての人間関係に当てはまると思っています。

 






上司ー部下、親ー子ども、先生ー生徒、ですね。

 






信頼されてないから私はダメコーチになるんですけどね、信頼って難しいですね
(^_^;)

 






この前なんてキッズにシャイニングウィザードをきめられましたからね
(-_-;)

 






「コーチ―(
??ω??)」ってそのきれいな目で駆け寄ってくるので、片膝ついてだっこしようとしたら、勢い止まらず私の片膝を駆け上がって、顔に膝蹴り的な゜ω゜).:*

 






からのどや顔(`・ω・´)

 






まあ、信頼されているからやられたって解釈もできますが、子どもに「悪」と思われたからやられたという解釈もできます。

 






やはり、信頼されるためにはシャイニングウィザード返しを学ばなければならないのかもしれません
( ̄ω ̄;)

 








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