テニスコーチのテニスとお酒ライフ

酔っぱらいテニスコーチの戯言です。

川崎のね

2018-11-02 13:12:58 | 社会・経済
どーも、こんにちは。



今日は最近読んでいる本のお話です。



最近読んでいたのは『43回の殺意 川崎中1男子生徒殺害事件の深層』、『ルポ 川崎』です。
43回の殺意 川崎中1男子生徒殺害事件の深層
石井 光太
双葉社



これは川崎で起きた中一殺害事件に関する本ですね。



なんでこんなことが起きたのかということについて、川崎という街の背景、家族の背景等から色々書いている本です。



私自身非常に関心のあった事件なんですが、関心があるのに読み進めるのが非常につらかったです。



のっけから「凍てつくような風が吹きつける中で、中学一年の少年は全裸で血にまみれ、息も絶え絶えに河川敷の草地を這っていた」とあるように、読めば読むほど読み進めるのが辛くなるような本です。



この『43回の殺意』は主に元旦那さんからの取材をもとに書かれているもので、バイアスがかかっているわけなんですが、奥さんの方から取材拒否がある以上仕方なかったわけで、それでも、事件の背景等、一般人が知りえなかったことなどが書いてあり、南青山の児相に反対している方には是非読んでいただきたい本です。



彼(元旦那)はなぜ、このような殺人事件が起きたのかについて「運が悪かった」からだと言ってるんですが、私の薄っぺらい知見からすれば、夫婦仲が悪くなったことが事件の始まりだったのではないかという風に思っています。



私は人間の能力に興味があり、IQ、学力、運動能力等、それらがどのように育まれるのか等、勉強してきたつもりですが、教育の難しさというのは複合的な要素が大きいという事にあると思います。



例えば、ある山の頂点を目指すとして、Aというルートには熊、Bというルートには蜂、Cというルートは単純にA,Bの倍の距離だとしましょう。



その頂点を目指す際に、Aを選んだ場合、必要になるのは熊よけの鈴や木刀等の武器、Bではスプレーや煙を出すための道具、Cでは食料や水、筋肉だとします。



でも、Aを通っていくとした場合、熊よけの鈴を忘れて、筋肉だけつけたとしましょう。



これはミスマッチしているのが分かると思います。



ここに教育の難しさがあると思うんですね。



すんごい高性能の熊よけの鈴を作っている会社の鈴を購入しても、Cのルートを通ったらあまり効果が無いよね。



テニスにもテニスがうまくなるための理屈があるんだけれども、使う脳の場所をどこにしてどのようにするのかってのは上記のようにABC等のルートがあるわけで、それを選ぶことによって、必要になるものも違ってくるんだと思われるんです。



だから、何が起きているのかを分かっていて、教育するって大事ね。



わからないと支離滅裂になる可能性が高いのよね。



じゃあ、それだけ専門性が高い知識を親が獲得できるのかって事になるんだけど、それが難しいから専門の先生とかがいると思うんです。



特に学校の先生なんかは能力に関するスペシャリストなんじゃないかしらね。



学校の先生は多分、遺伝率、脳の可塑性、生徒文化の対立、パーソナリティ等人間の成長について関わる様々なことを知っているはず。



だから、相談できるような関係性を作っておくのは大事ですね。



ここでも、相互作用の効果を高めるのか低めるのかということが言えると思います。



鏡の法則だね。



きつい言い方をする人は、きつい言い方をされてしまうわけ。



夫婦仲も相互作用なんですね。



で、「夫婦仲の良さ」と「子どもの能力」に関する相関なんだけど、これは非常に重要だと言わざるを得ないのよね。



学力なんかを見てもそうだし、まあ、ここにアンダーアチーバーやオーバーアチーバーちとかもあるんだけど、夫婦仲が良くて、居心地のいい家庭であれば子どもはよく育ちやすい環境になるのは事実です。



だから、夫婦仲が悪いのに塾や学校にクレームを入れる親はいわゆる「おまゆう」なわけ。



親自身が子どもに対して育たなくしている存在そのものなのに、何をクレームを入れることがあるのか?



言う前に、親が仲良くする努力をすることから始めるのが筋なんじゃないかと思いますけど、感覚質で不快になればそうなってしまうのかもしれないですね。



もちろん、もう1つの見方は、困ってる親ほどこのようなクレームを言うという見方です。



なので、受ける側の度量も求められているのかもしれないです。



ナウシカがテトに指をかまれたシーンを思い出しますね。



ま、難しい問題だね。



で、この上村君が事件に巻き込まれる流れをこの本から要約すると、「お母さんが浪費して家賃を払えなくなる」、「引っ越しして田舎で過ごす」「父親のDV疑惑がある」「離婚」「川崎に戻ってきた母親に彼氏ができる」「上村君が夜な夜な家を出るようになる」という流れが言えると思います。



もちろん、これは取材に母親が協力してないため、かなりバイアスがかかっている情報です。



だけど、通夜の時に起きた事件とかも考えると、お母さんも困っていた人だったんじゃないかと、そんな風に感じます。



ここで、考えさせられたことなんだけど、私は「夫婦仲」と「子どもの成長」に相関があると言いましたが、じゃあ、夫婦仲をよくするためにどうするのかってことね。



母親は片づけられない人だったようで、元旦那は「片付けろ」というと喧嘩になるので、元旦那が自分で片づけたら、母親に「イヤミなの?」と言われたという描写があったわけです。



この時点で、相当破綻してたという事がうかがわれるんですけど、自分が旦那の立場だったらどのようにできたのだろうか?



なぜ片づけられないのかを話し合う?



多分、これも難しそうです。



何を言っても、自分に対する攻撃と受けちゃうんじゃないかしらね。



できるとすることがあるとすれば、癒しなんだろうなと思うんだけど、余裕がない二人にはなかなかハードルが高いのかなとも思ったりするわけで、人間関係ってのはホントに難しいね。



だけど、母親はネグレクトというわけではなく、自動車免許もないのに、自転車で通勤して、買い物して、子どものためにすごく頑張っていたというのも事実ですね。



その後、上村君は残酷な形で刺殺され、その責任についても、元旦那は母親に対して「夜中に外へ出ていく亮太を引き留めなかったのか」等相手に対する批判的なコメント、母親は「携帯を買い与えたから夜中に遊びに行くようになった」等、すでに傷ついている人たちがさらに傷つけあうわけです。



裁判中には、衝立が用意され、この元夫婦が顔を合わさないようになるほどに。



ホント読んでてつらかったね。



だけど、もし、この親が反社会性パーソナリティ障碍について知っていたら、夫婦仲と子どもの能力の関係性について知っていたらどうだっただろうか?



これも難しいかもしれないです。



カウンセリングが1度入って、「カウンセリングを受けますか?」の問いに、元旦那は「信用してないので」と答えてるんですね。



それと、加害者側の法廷での精神鑑定の結果ですが、こちらにも、「両親が養育に理解が無く、改善しようとしなかった」とのことから、何度か専門家が入ってアドバイスをしたんだけど、聞く耳を持たなかった、もしくは、専門家そのものを信じてなかった可能性が高いことを匂わせてるんです。



教育の根幹部分ってこういうところだと思うんですよね。



時間をかけて、そいつの本性としっかり向き合っていく。



テストの点数なんかじゃなく、本人の人間形成そのものの部分ね。



これは、すごく時間がかかる割に、効果がなかなか見込めない部分だし、効果があるのかどうかも数値化できるようなものではないからわからないわけ、だから経済的に商売にする人たちはいないんですね。



塾なんて、その上澄みのいいとこだけ取って、いかにも「成長させてます」みたいなアピールするけど、学力が高くたって社会でうまくやっていけない子が多いのは、この根幹部分と向き合ったかどうかだと思うんですけどね。



これはこれですごく長い話になっちゃうんだけど、「学力がすべてだ」という結論には能力の科学の歴史を読み取れば言えなくなると思います。



まあ、そんなこんなでどんよりした日々を過ごしてきたんだけど、この本は是非読んでほしいね。



特に、子どもの成長を願っている親ほど、コントロール(強制)気質になりがちで、結果のみに対して「いい」「悪い」を言いがちになって、結果として反社会性パーソナリティ障碍に誘導している可能性があるからね。



望む結果は何なのか?



その望む結果から、子どもをどのように誘導するための存在に自身がなるべきなのか?



そうすると戦略的に親を演じるということも必要になると思うんですけど、どうでしょう?



子どもの成長の結果は反社会的行為ではないことを願うばかりです。



そして、同時に私自身に関しても、未婚で子どもはいませんが、子どもと接することが多い職業なので、一体どのような立ち振る舞いが不幸な子をつくらないのかという問いをさらに強く自分に投げかけるべきだと思いました。






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