「マン・オン・ワイヤー」 (2008年・イギリス)
MAN ON WIRE
時は1974年8月。ニクソン大統領がウォーターゲート事件で辞任に追い込まれる前日、ニューヨーク・ワールド・トレード・センターのツインタワーでその偉業は達成された。高さ411メートル、地上110階の二つのタワーのあいだに鋼鉄のロープを渡し、45分間にわたって空中にとどまった男は、駆けつけた警察官を尻目に笑みを浮かべ、60メートルの渡り綱でつながった虚空を8往復し、みごと生還した。フィリップ・プティ――このフランスの大道芸人がこの日ニューヨークにもたらしたのは、ツインタワーが消え去ったいまも輝き続ける奇跡の贈り物ではなかったか・・・・・・。
2008年度アカデミー賞長編ドキュメンタリー部門でオスカーを獲得した本作は、ツインタワーを命綱なしで渡りきったプティのスリリングなパフォーマンスを再現するとともに、この計画に協力した友人たちの証言とプティ本人の回想を、当時の16ミリ映像を交えながら紹介する。公共の建築物で許可なく行うパフォーマンスは、たとえ偉業であっても不法行為にちがいなく、この点は首謀者プティはじめ計画に加担した協力者たちもおおむね承知していた。したがって、彼らはツインタワーへ侵入するためにさまざまな工作を行う必要があった。冒頭からはじまる再現ドラマでは、プティとその仲間たちが二つのタワーの屋上へ到達するまでがサスペンスタッチで描かれる。サラリーマンや建築業者を装い、偽造した身分証でエレベータに乗り込み、警備員の目を忍んで二つのビルの谷間にワイヤーを張る。思いがけないアクシデントや仲間の心変わり、高層の寒さにもめげずに、プティはいかにして壮大な夢を実現できたのか。彼を支えた友人ジャン=ルイ・ブロンデューや恋人アニー・アリックスはじめ、土壇場で裏切り行為に及んだアラン・ウェルナーまで、計画に加担した“共犯者たち”へのインタビューがプティの奇跡を浮き彫りにする。
しかし何より作品に奥行を与えているのは、プティ本人の生き様と含蓄に富んだ言葉の数々だ。17歳にして親に親権を手放され、18歳までに5つの学校から放校されたという自由人プティの、何ものにも束縛されない魂の拍動、不可能を可能に変える強靭さには圧倒された。ほとんど狂気といっていい企みを、天上のアートに変えてしまったプティは、もしかしたら天使か聖人のたぐいではないだろうか。それほどまでに綱の上のパフォーマンスは神の恩寵を感じさせるほど美しく、また奇跡的だった。この奇跡をともに分かち合った仲間たちが、その後プティのもとを離れていったのはとても自然でリアルだと感じる。これほどの高みを味わってしまったら、いったいそこから先にどんな関係が築けるというのだろう。神の領域で起きたできごとはあまりにも鮮烈で神々しく、そこを出たとたん、ジャン=ルイの友情もアニーの愛もとたんに地上の色に染まっていったのは自然の成り行きだったろう。
タイトルの「Man on Wire」は、フィリップの逮捕後に警官が調書に書き込んだ言葉。プティは逮捕後、不法侵入と治安紊乱の罪で法廷に立たされたが、セントラルパークで子どもたちにジャグリングを披露することを条件に不問に付された。ニューヨーク市民は当局の粋な計らいを歓迎し、当時大半が空き室だったワールド・トレード・センターには、プティの快挙が報道されると同時にテナントが殺到したらしい。映画の序盤で建設がはじまったばかりのツインタワーの工事現場を目にしたとき、悲しいことにタワー崩壊現場の映像と勘違いしてしまった。9.11の映像が脳裏に焼き付いている私たちにとって、同時多発テロへの言及がいっさいないこの映画は、ツインタワーの悲劇を浄化するパワーにも満ちた清々しい一作だ。
満足度:★★★★★★★★★☆
<作品情報>
監督:ジェームズ・マーシュ
製作:サイモン・チン
製作総指揮:ジョナサン・ヒース
原作:フィリップ・プティ
撮影:イゴール・マルティノビッチ
編集:ジンクス・ゴッドフリー
音楽:マイケル・ナイマン/ジョシュア・ラルフ
出演:フィリップ・プティ/ジャン=ルイ・ブロンデュー/アニー・アリックス
ジム・ムーア/マーク・ルイス/アラン・ウェルナー
<参考URL>
■映画公式サイト 「マン・オン・ワイヤー」
■関連商品 「マン・オン・ワイヤー」(フィリップ・プティ著・白揚社刊)
「綱渡りの男」(モーディカイ・ガースティン/絵本・小峰書店)
フィリップ・プティの行いは、イケナイ楽しさでわくわくしてしまいました。
ああ、こんな大人もいるんですね。
あそこまで思い切る人も珍しいというか、
天才的な冒険者だと思います。
危険に対する感覚が麻痺しているのかとも思いましたが
実行する前に緻密な下調べをしているので
やっぱり意志の力なのでしょう。すばらしい!
あのツインタワーの間を綱渡りするなんて凄いです。
プティはまさに比喩ではなく「天使のような人間」として人々の眼に映ったと思います。そして人々に希望と勇気を与えてくれたと思います。
「冒険」が流行らない現代社会でこのような
すばらしい「冒険映画」が上映されたのは素晴ら
しいです。
こういうさわやかな映画は大好きです!!
この映画はぜひわたしもスクーターに飛び乗って観に行きたいと思っています!!
日曜朝にこすもさんの素晴らしいレヴューを読んで気分が晴れ晴れになりました。⌒ー⌒ノ
それではまた~♪
素晴らしい作品でした。
>綱の上のパフォーマンスは神の恩寵を感じさせるほど美しく
という表現に大いに共感します。
物理的な高さに関係なく(あるとも言えますし)、彼の姿に地上とかけ離れた天界に近い何かが感じられた気がします。
素敵な映画でしたよ
この前にノートルダム寺院でも綱渡りをしたのですが
これが本当に美しかった!
下から見えるシルエットは、きっと天使に見えたでしょう。
梅雨時の鬱陶しさを払拭するさわやかな映画です。
映画館で勇気をもらえる一作。楽しんできてください
無謀としか言いようのない挑戦でしたけれど
パフォーマンスを見た人に天界級の美しい感動を与えたのはたしかですね。
悲劇のツインタワーにこんなすばらしいエピソードがあったのもうれしかったです。
プティという人があまりにも気になってしまったので
白揚社の「マン・オン・ワイヤー」も買ってしまいました。