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アイム・ノット・ゼア◆フィクションで描くディラン伝説

2008-05-02 15:16:06 | <ア行>
     

  「アイム・ノット・ゼア」 (2007年・アメリカ)
  
ボブ・ディランについて知っていること――60年代アメリカのポップカルチャーのカリスマ、フォーク・ロックの草分け、プロテストソングの旗手、俳優、シンガーソングライター、ドラッグ濫用者・・・・・・。所有するディランのアルバム――1枚(!)。いま思いつくディランの楽曲――「風に吹かれて」(かなり長いあいだジョーン・バエズの曲だと勘違い)、「マギーズ・ファーム」、「見張塔からずっと」、「アイ・シャル・ビー・リリースト」、「天国への扉」、あとは・・・・・・「ライク・ア・ローリング・ストーン」。ざっとこの程度の<ディラン指数>しかない私にとって、この作品をディテールまで楽しむことはやはりむずかしかった。ディランのファンならば、思わずにやりとしながら作品全体を丸ごと楽しめたかもしれないが、残念なことにどのエピソードをとっても「ピンと来る」シーンは見つからなかった。しかし、だからといってこの作品がつまらなかったわけではなく、改めてディランという人への興味をかき立てられたのも事実。

解説によればタイトルの「アイム・ノット・ゼア」は、1967年のセッションでレコーディングされた未発表曲のひとつだそうだ。へインズ監督はリサーチの際にこの曲と出合い、時代とともに変わりつづける伝説のアーティストの本質を重ね合わせた。「私はそこにいない」――つかんだと思った瞬間するりと身をかわされる変幻自在のディランの人生を象徴するうまいタイトルだと思う。しかし、タイトルよりさらに巧みだと感心したのは、ディランというイコンのそれぞれの側面を、人種も性別も世代も異なる6人の俳優によってバラバラに描き分けるというその手法だ。それぞれの俳優が演じるのは、必ずしもディランその人ではない。ディランという複合体の一面を想起させ、あるいは投影する架空の人物像であり、彼らが生きた時代の空気だ。へインズ監督が意図したのも、ディランの伝記映画ではなく、あくまでもフィクションを通して描くディラン像だろう。

詩人=アルチュール(ベン・ウィショー)、放浪者=ウディ(マーカス・カール・フランクリン)、革命家=ジャック/伝道者=ジョン牧師(クリスチャン・ベイル)、映画スター=ロビー(ヒース・レジャー)、ロックスター=ジュード(ケイト・ブランシェット)、アウトロー=ビリー(リチャード・ギア)――召喚されるこれら7人の分身(役柄は6人分だが、ベイルは変節するディランの二つの側面を演じる)は、コラージュのように重ね合わされ、ディランというひとつのペルソナを描き出す。けれどもそこに浮かび上がる肖像の中に、おそらくディランはいない。ちょうど三島由紀夫が「仮面の告白」に投影した自己像が、平岡公威ならぬ三島由紀夫というペルソナ=虚像の投影にすぎなかったように、ディランの投影を見ようとする私たちを彼はきっと煙に巻くだろう。唯一真正といえるのは、ラストに登場するハーモニカを吹くディラン本人の映像だが、その姿さえあっけないくらい淡々としていて、やはり「そこにも私はいない」とつぶやく彼の声が聞こえてきそうだ。

放浪の黒人少年シンガー、ウディは社会派歌手として目覚めていく若き日のディランを髣髴とさせ、フォーク界の旗手として注目を浴びたジャックの屈折した佇まいと体制への反逆ぶりもいい。いまは亡きヒース・レジャーが演じる家庭人としてのディラン像も、私人としての実像をとらえている。しかしなにより圧巻なのはケイト・ブランシェット演じるジュードだろう。フォーク界のプリンスがロックスターに転身した当時の軋轢を背景に、ドラッグにおぼれつつも新しい何かを懸命に模索するアーティストの姿が感動的だ。また西部の街、リドルを舞台に描かれるビリーの挿話も興味深かった。ディランは1973年にサム・ペキンパー監督の「ビリー・ザ・キッド 21歳の生涯」に脇役で出演している。リドルの町に高速道路を通そうとする黒幕ギャレット長官とは、キッドを射殺した保安官パット・ギャレットであり、ふたりの対決を取り入れたこのエピソードは、ペキンパー監督作品へのオマージュとしても出色の出来だと思った。

ディランを知らない自分が少しだけ悔しかったので、帰りにディランのアルバムをもう2枚買った。



満足度:★★★★★★★☆☆☆



<作品情報>
   監督・原案・脚本:トッド・へインズ
   出演:クリスチャン・ベイル/ケイト・ブランシェット/ヒース・レジャー
       リチャード・ギア/ベン・ウィショー/マーカス・カール・フランクリン

         

<参考URL>
   ■映画公式サイト 「アイム・ノット・ゼア」
   ■ウィキペディア 「ボブ・ディラン」
   ■Sony Music Online Japan ボブ・ディラン




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お久しぶりでございます (えいはち)
2008-05-05 00:24:22
お休みされている間、物凄く心配しておりましたが、復帰されほっといたしました。またよろしくお願いします。
なかなかコメントの機会がありませんでしたが、つい先程、この作品を見てきました。
僕はディラン・ファン暦30余年の筋金入りです。
ライブコンサートにも数回行ってますが、この映画はライブに匹敵するくらいエキサイトしました。
ディテール含め丸ごと味わうことができました。是非、大雑把でもディランのバイオグラフィを知ってからもう一度見ていただきたいと思います。
近日中には記事書きますので、その際はTBさせていただきます。
補足です (えいはち)
2008-05-05 01:09:13
>ペキンパー監督作品へのオマージュ
ホント、パット・ギャレットを演じたジェームス・コバーンがご存命なら出て欲しかったって思いましたが、ちょっと調べたらナレーター(あんまり記憶にないのですが)をやっていたのがビリー・ザ・キッドを演じていたクリス・クリストファーソンでした!
あと、ソダーバーグがエクゼクティブプロデューサーに名を連ねてました。
●えいはちさん (masktopia)
2008-05-05 18:26:51
お久しぶりです!
長らくごぶさたしていて、ほんとうにすみませんでした。
ご心配をおかけしましたが、なんとか続けています。
こちらこそ、またよろしくお願いします。

ディラン・ファン暦30余年ですか!?
それはもうファンの鑑といってもいいのではないでしょうか。
長いディランの活動に寄り添っていらっしゃったんですね。
そのえいはちさんがこの作品を「ライブに匹敵するくらい
エキサイト」されたとおっしゃるのならば、
映画「アイム・ノット・ゼア」はまちがいなく成功作だと思います。
みてほんとうによかったです。私も遅ればせながら
ディランについてあれこれ調べたりCDをかけたりしています。
えいはちさんの、ディラン・ファンならではのレビューを
楽しみにしていますね♪

「ビリー・ザ・キッド」はよい映画でしたね。
とくにジェームズ・コバーンが光っていたと思います。
ディランは根っからの役者ではないのに、
けっこう様になっていてちょっと驚きました(笑)
ナレーターがクリス・クリストファーソンでしたか!
それはまた洒落た計らいですね。
映画の中でリチャード・ギア演じるビリーが
ギャレット長官と対峙する場面がありましたが、
やはりあの映画の対決シーンを思い出して
ドキドキしてしまいました^^;
答えは風に吹かれている (sally)
2008-05-10 21:10:39
こんばんは。
ブログタイトルを曲名から取っているのに、
ボブ・ディランのことはほとんど知らないのですが(笑)
彼の人生を描くのにとても効果的な手法の作品でしたね。
ディランの曲では『風に吹かれて』・・・
某映画に使われていたのを聴いて、
すごく印象に残っています。
●sallyさん (masktopia)
2008-05-11 23:27:25
こんばんは~
そうですよね、sallyさんのブログタイトルは
ディランの「天国への扉」そのものだなぁと思ってました。
6人の俳優にいろいろな側面を演じさせるほど
ディランという人のすごさを感じる映画でしたね。
折に触れて彼の曲を耳にすることはあっても
それとなく聞き逃していたことが多かったので、
この映画は改めてディランを聴くよいきっかけになりました。
おじゃまします (ワトソン)
2008-05-19 10:31:34
こんにちは~
この作品観たいのですが、こちらでは
DVDが出るまで見られそうも有りません。
サントラを聞きましたが、改めてディランの歌の的確さを確認しました。(作者本人だからと言うことを差し引いてもベストなのを感じました。)
どんな作品なのか楽しみです。
●ワトソンさん (masktopia)
2008-05-20 01:17:28
こんばんは。コメントありがとうございます^^
ワトソンさんの地元での公開はずっと先でしょうか。
ディランがお好きな方にはちょっと残念ですね。
サントラがすばらしいという声をよそでも聞きました。
鑑賞後にアルバムを買ったのですが、
サントラにしておけばよかったかなぁ・・・と後悔してます(笑)

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