Fish On The Boat

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『オープンダイアローグとは何か』

2016-02-25 20:47:02 | 読書。
読書。
『オープンダイアローグとは何か』 斎藤環 著+訳
を読んだ。

フィンランドを中心に実践されている、
「オープンダイアローグ(開かれた対話)」と呼ばれる
おもに統合失調症の患者に対して行われる治療法を紹介する本です。

医師やセラピスト、看護師、
そして家族に患者本人がひと固まりとなったグループで、
何カ月あるいは何年も対話を重ねていくという治療法です。
急性期の患者だけではなく、慢性の患者にも効果があるらしいです。
向精神薬はケースに合わせて使用したりしなかったりで、
ほんとうに対話を重ねることで症状を改善してしく方法で、
実績があることにびっくりすると同時に、
うまくいくことに納得の気持ちも生まれました。

いろいろと、この『オープンダイアログ』が生まれた背景、
それはポストモダンの哲学者ジャック・デリダを引用していたり、
ラカン派の精神分析、コフートの心理学、
オートポイエーシスというシステム理論などにも言及されていました。

そして、ここがもっとも大事だと読めたのは、
「言葉」に対する考え方です。
まず、統合失調症を患っている人への禁忌事項として、
妄想的な訴えに対して、論理的に反駁したり説得を試みたりすることが、
さらりとあげらているのですが、そういうのはするべきじゃないことでした。
初めて言いますが、ぼくの母が統合失調症を患っていて、
最近などは幻聴によく左右されてしまうのです。
そんなときに、それは母自身の声なんだから自覚しようとか言ってしまうことがあって、
それはいけないなあと反省しました。
統合失調症関係の本はこっそり2,3冊読んでいましたが、
そういう記述があったかわからないくらいでした。

話を戻しますが、
「言葉」への考え方の中核部分は、
発病した経緯についてわかっていることを
言語化することが大事になるということでした。
つらい思いをしていて、この病気特有の孤独な世界観に放りこまれていることを
言葉で言いあらわすことに大きな治癒への効果があるみたいなのです。
ここで、自分でつらつらとノートやパソコンなんかに綴るという行為では
治癒の効果は認められないかもしれない。
そのことは、モノローグ(独白)として区別されていて、
あくまで、他者、この場合グループ内の複数の他者に対して
話すことに意味が認められている。
そしてそれがダイアローグ(対話)へと進展するのです。
患者自身が発した言葉、ともに苦しむ家族が発した言葉が、
専門家や看護師にも受け入れられて、同じ言葉を使って返ってくる。
そういう一連の行為に、どうやら秘密がありそうです。

また、話すことも大事ですが、どんな話でもその話の腰を折らずに、
深く傾聴することが大事だともされています。

カポーティじゃないですが、信頼を持って話し、共感を持って聴く、
そのことが肝要だと言っているかのようでした。

また、ごく個人的な感想ですが、
予後があかるい患者の場合と予後不良とされた患者の場合の
言葉の使い方の比較があるのです。
それは、対話でのもので、対話自体の性格を分析しているものなのですが、
予後があかるい患者の場合だと、
比喩的な言葉や象徴的な言葉が正常に、
3割から7割の間で言葉が構成されている。
それに対して、予後不良とされた患者の言葉にはそういった
比喩的なものや象徴的なものが2割前後くらいだったかな、
そのくらいなんです。

そこで思い出したのが、村上春樹さんが、
自分の本を読んでくれる人の中には、
統合失調症だとか精神の病を持っている人が多い、
と言っていたことでした。
村上春樹さんはご存知のように突き抜けた観すらある比喩の使い手で、
ものによっては、最初から最後まで比喩の文章で構成された短編もあります。
比喩だとか、象徴だとかが的確な使い方で構成された文章を読むことで、
たとえば精神の病を持つひとたちは
癒されたり共感したりするのではないでしょうか。
なにか、こういった病気をいやす一つのヒントが
ここにありそうな気配すらします。

それと、この本で知って検索したのですが、
コフートの心理学では、「共感」に注目するようですね。
ぼくも、共感は、無意識の意識化という性質を持っていて、
精神衛生上好ましいものだと考えていたので(ユングを読んでらですが)
ピーンときて、そうだろうそうだろう、という気持ちになりました。
ただ、こういうセラピーの類を統合失調症に用いるのはタブーですし、
いろいろある心理学の流派のそれぞれから
いろいろ矛盾も内包しつつ統一できるところを統一して、
実践的で効果的な治療の方法ってみつかると思うのです。
矛盾を内包するなんていうと、理論が破たんしているなんて
きっと言われますけれども、
理論をまたずに「効果があるんだ」とされるのは、
そういうものなんじゃないかといおう気がするのです。
危ないですか。
でも、統合失調症などに使われる治療には、
「なぜかわからないし、解明されてないけど効くからやっている」
という方法がちゃんとあります。

と、脱線しましたが、
本書では、前半に著者が、『オープンダイアローグ』の概観を説明し、
後半では、フィンランドのセイックラ教授の論文3本の翻訳を掲載しています。
前半と後半では、重複する箇所がありますが、
なかなか難しい内容でもあるので、
そのほうが理解を助ける形になっているように読み受けました。

日本では、北海道は浦河町にある「べてるの家」という統合失調症の患者の
グループホームみたいな形の、住んで働いてケアしてを提供する施設があって、
そこは「オープンダアイローグ」の考え方と似ているらしいです。

こういう治療は薬物投与で、
つまりパワーで病気を抑えるようなものと逆方向を向いているようにも見えます。
よって、精神医学が力を持つ日本では、
なかなか普及していくには時間がかかるだろうし、
そして、普及させていくために実績がいるだろうし、
大変でしょうが、志ある方たちでがんばっていってほしいなあと思いました。


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