Fish On The Boat

書評中心のブログです。記事、それはまるで、釣り上げた魚たち ------Fish On The Boat。

過去ノ自分

2009-06-25 19:44:33 | days
昨日のことです。
なんでかっていうきっかけはわからないんですが、
なんとなく、中学の卒業文集と一年の文集を手にとって読んでみました。
読んだといっても、自分のページと、
そのころ気になっていた女の子のページだけなんですが。
一年のときの文集は恥ずかしかったですね。
好きな言葉に「Good Luck」と書いてある。
F1に影響されて、諺とか格言とかを選んでいないです。
それが卒業文集になると、ちょっと成長して、ほのかなアートの匂いまでもが
プロフィールページから感じられるようになる。
今の自分の方向性のスタートの位置だと感じましたね。
そりゃ、中学一年にしても、小学生のときにしても、
今の自分に繋がってはいるとは思いますが、
「ちょっと、今とは違う人」というような、
まだ経験が浅くて、考えがこなれていないんですよね。
卒業文集の作文では、笑えた話を書いていたりする。
いいぞ、当時の俺、それで良かったんだ。
だけど、その内容はまったく記憶にありませんでした。
忘却マシーンっぷりを発揮しています。
気になっていた女の子は、頭のいい子で、今から見るとどんな子に感じるだろうと
いうのを楽しみに読んでみました。なんてことはない、中学生の女の子でしたね。
そっか、そんなもんなんだな。永遠に近づけないわけじゃないんだ。
いつのまにか、その眩しい彼女を超えてしまっていたんだなぁと、しみじみ。

とかなんとか書いていますが、まぁ、今の自分もどうってことはないからな。
だいたい、こんなつたない記事を書いているではないか。
そうはいいながら、やっぱり、これを機に、小学生や中学生をあなどるべからず、
っていう気持ちに魔が差すかもしれないね。あなどっちゃう。
なんか、ふと思ったけど、小学生高学年のほうが、
中学生よりも鋭かったりしないかな。
中学生は羞恥心っつーものがでーんとあぐらをかきはじめる時期だし、
より複雑な勉強をしていくことになるので、その経験が、
それまでの「わかった感じ」を再構築するという
心理的作業をさせられるようになると思う。
感情も多彩になり、深くなって、思いつめるというような心的作業もでてくる。
それによって、小学生のときにあった物事へのストレートさが
失われていくような気がする。
「あぁ、なんか、追いつけないよ」っていうのが中学生なのかなぁ。

余談ですが、大学生のころに、当時中学生だった松本恵(現・松本莉緒)ちゃんを
好きになったせいか、中学生がかわいくてかわいくてという時期がありました。
今はそんなことはなくなったんですが、今思うと、中学生と5歳くらいしか
離れていなかったわけだから、そういう気持ちになるのも不思議じゃないの
かもしれない。昔の殿様なんかは、15歳くらいで自分より年下の嫁をもらったり
してたんでしょ。20歳くらいで、15歳の側室なんかもあったんじゃないか。
そう考えると、ひとつの生き物として、そういう異性への興味の持ち方は
おかしくないのかもね。
という、自己弁護でした。

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