『聖なる地・ヴァラナシ (1)』 印度旅行記-その13

サトナーという田舎町から夜行列車"193train"に乗った(1988年1度目のインド一人旅)。

VARANASIの街に沈む夕陽 @ Trimurti Gest House

目指すはヒンドゥの一大聖地ヴァラナシ(ベナレス)、そしてガンジスの大河。
ヴァラナシは3000年の歴史を持つガンジス河沿いの街。
北はヒマラヤの麓から南はコモリン岬まで、インド各地からヒンドゥ教徒がやってくる。
金のある人は飛行機、車あるいは列車で、
金のない人は何ヶ月もかけて歩いてこの地にやってくる。
巡礼のため、ガンジス川を見るため、沐浴するため、
その聖水を家族のもとに持ち帰るため、
「せめて一生に一度でも」とやってくる。
中には(といっても結構多数だが)、
このガンジスの河辺で死ぬことを至上の目的にやってくる老人や病人、不具者もいる。
彼らはその日が来るまで『死を待つ人の家』に滞在し、
1日1杯の茶を飲み、少量の木の実などを食し、ガンジスに祈りを捧げる。

インドを旅する僕らもヒンドゥ教徒と同じように、この聖なる地ヴァラナシを目指す。
この地はインドの磁石なのだ。

きっとそこには何かがある。

明け方4時、列車はヴァラナシの駅に着いた。
荷物を背負って歩き出そうとした僕は、目の前の光景に立ち尽くしてしまった。
数基の薄暗い街灯のあるだけの駅前広場に人々が溢れかえっているのだ。

VARANASI Cantt Station at 4:00

1枚の毛布と水缶だけを持った人々が寝ていた。
足のない人の傍らには義足があった。
包帯で手のない手首を包んだ人はライ病だろうか。
とにかく誰もが無事にこの至福の地ヴァラナシにたどり着いた。
人々が寝ているその合間を縫って、牛が歩き回る。
僕もその中の空いたスペースに腰を下ろした。

ここは地獄なのだろうか。
ここは天国への入口なのだ。天国までは歩いて30分。

腰を下ろして30分、人々が徐々に動き始めた。
もうすぐ夜が明ける。
朝陽が顔を出す前にガンジスの河辺に行くのだ。
僕はリキシャーと交渉する。ガート(木浴場)までなら4Rs。
ダサシュワメナートガートはヴァラナシでは一番大きなガート。
そのガートにある貯水塔のスピーカからマントラ(真言)が街中に流れていた。
ここには駅前よりももっと多くの人がいた。
ガートに続く小道の両側には物乞いが座り金を乞うていた。
信心深い人々は自分の来世のために、ガンジスの水辺にたどり着くまでの間、
彼らの前の皿や空き缶に細かく崩したコインを喜捨し続ける。
ヒンドゥシステム、対等のシステム。
彼らの間に優劣はなかった。

このヴァラナシは強烈な街だった。

ガートの手前でリキシャーを降りて、僕は宿を探し始めた。
この街は迷路のように幅2mほどの小路が入り組んでいる。
毛細血管のようだ。
真っ暗な小路の陰から牛が突然現れる。
こちらが壁にへばりついて、牛様をやっと避ける。
迷路の中の寺院には、まだ夜も明けぬというのに参拝の人々と読経の声。
安宿の看板。見つけた宿はトリムルティゲストハウス。

Way to Trimurti Gest House

鉄格子越しに前庭のベッドで寝ている宿の人を起こし、入れてもらう。
部屋は毎度のごとく、木のベッドがぽつんと一つ。
この宿に決めたのは屋上からガンジスに昇る朝陽と、
ヴァラナシの街に沈む夕陽が見られるからだった。
後々この宿に滞在して困ったことは、散歩の帰りに何度も道に迷ってしまったこと。

とりあえず荷物を下ろした僕はガンジスの河辺に向かった。
東の空、ガンジスの対岸が明るくなってきた。
僕はガートの石段に腰を下ろした。
少し離れたところに笛売りの男が立っていた。
いつもなら旅行者に、早速しつこいくらいの厳しい勝負を仕掛けてくる笛売りの男。
その時は、自分の肩から下げた袋の中の何本もの商売道具の中から1本を取り出して、

…、ガンジスに向かって曲を吹いた。
インド独特の幻想的なメロディで、
いつもこの種の商人をうざったいと思っていた僕の偏見は吹っ飛んでしまった。
聖と俗。

ヴァラナシには何でもそのままにある。トータルな美しさだと思った。
僕らの住む社会は完璧(何が完璧かは別にして)を目指すあまり病的だと思えた。
ここは人間くさかった。
最も俗な笛売りが今の一瞬、神秘的になり、聖になり…。
だけどきっと朝陽が昇りきってしまえば、また俗になり、
ヴァラナシの街角に出て厳しい勝負を僕らに仕掛けてくるんだろうね。

「完璧」という言葉は、ある種価値観を含んでいる。
「完璧」…、ある事柄それぞれにプラスとマイナスという評価を下し、
マイナスを否定し続けていくこと。
プラスとマイナスの基準はその時のメジャーの枠組みであって、
普遍(不変)なわけじゃない。「完璧」って病的。
「トータル」は全てをありのままに認めること、理解すること。
何もよくないけど、何も悪くない。どっちもOKという態度。
インドはトータルだった。Let it be.
(第6話『多様な価値感』)

後ろを振り返ってみると、
河に沿って延々と建ち並ぶ石造りの建物が真っ赤に染まっていた。
3000年変わらない光景。

(wrote in 1990)

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