白鷺だより

50年近く過ごした演劇界の思い出話をお聞かせします
     吉村正人

白鷺だより(5) 実録 「遥かなり道頓堀」

2016-03-26 18:11:55 | 思い出
 

              実録「遙かなり道頓堀」
   
先代天外(二代目)の著作に「笑うとくなはれ」がある。週刊朝日などの雑誌に連載した雑文を集めたもので 彼の初めての著作である。(文藝春秋新社 昭和40年刊本人59歳)
その中に「孤剣を磨 く」というエッセイがありオール読物に書かれた自らの数多い女性遍歴を面白おかしく綴った「色懺悔」である。

それによると
「楽天会」を主宰していた父初代天外が死んだのは彼(渋谷一雄)が10歳の時で父の贔屓だった芝居茶屋「岡島」の主人が気の毒がり店の居候の身となった。
彼はそこで十郎師匠の勧めで処女作「私は時計であります」を書いたり志賀廼家淡海一座に加わったりしていたが雌伏12年の昭和3年ようやく松竹の肝いりで曾我廼家十吾と共に「松竹家庭劇」を結成していよいよこれから売り出しという頃、一方的に惚れられた女に妊娠を告げられる。 女の名は大高はる。、居候している「岡島」のお茶子であった。 当時お茶子さんは素人娘以上に身持ちが固く小金を貯めてまっとうな嫁入りをする女が多かったので ちょっとした役者は手を出さないという不文律があったのに 彼女の肉体美に負けてタブーを破ってしまっての妊娠である。 ノラリクラリの逃げているうちは良かったがお腹が目立つようになればどうにもならない。 だがこれが表沙汰になれば道頓堀界隈で評判となり これから売り出しの役者生命にも傷がつく。 しかもその女が飛びっきり美人であればほかの女も納得するが体はいいが顔がもう一つ。 それに今まで女のの様にずらかっても良かったがこちらは角座で看板を張っている身、道頓堀を離れては飯の食い上げである。 恥を忍んで十吾師匠に相談すると「あんたは独身や、辛抱してその女を女房にしなはれ」といとも御尤もな答え。 だけどそこは凡夫のあさましさ、なんとか逃げ切れないかと「アンニャモンニャ」しているうちに産み月が近づいてきた。 ようやく「女房に持とう」と決心した7月24日天神さんの宵宮であった。 妊婦の姉が息せき切ってやってきて「はなが急性腎不全で子癇を起こし命が危ない」という。 病院へ飛んで行くとすでに胎児は死んでおり「死んだ胎児を出せば母親の命は助かる」と言われる。 しかし彼女は「この子は死んではいない 胎動がまだある どうしても産む」と言い張り 必死の説得にも「生まれては困るからでしょう」と聞かず とうとう胎児と共に死んで行った。(戒名「西岸清蓮信女」) そして「この出来事は無軌道な私もいささか参って もう二度と女出入りのために悲しみを味わいたくないと決心して 生駒山中の宝山寺生駒聖天へ誓いの絵馬を上げて12日目その頃流行りのカフェ赤玉のおちかと出来て 二人で納骨に新しい女同伴で行った始末 攻撃武器は時間的に短いとは知ってはいたが 生死無常の感情もいかに短時間であることよ」
と自虐的に結んでいるのがいかにも天外らしくて好きだ。

本になったこの話を読み 昔を思い出したのだろう。 
同じ昭和40年「遙かなり道頓堀」を書きあげ上演した。 
妊娠したお茶子の姉夫婦を中心に描いたこの話はおおむね好評った。
姉夫婦に天外、酒井光子 妹のおきくに中村あやめ 若き日の天外がモデルの役者青柳啓次郎、菊二郎役に寛美であった。 
しかし中座 演舞場に続き9月南座で上演中に天外は脳溢血で倒れ半身不随となる。

以下[昭和の南座]より転載する

9月13日 午後6時50分頃 夜の部「遙かなり道頓堀」に出演していた天外は第一幕終了後三階便所に行っての帰り廊下で突然卒倒した 公演は第一幕で中止 観客に断って昼の部の狂言「接吻」に切り替えた 料金の払い戻しはなく混乱もなかった 天外は持病の脳溢血を再発し右半身不随を起こしたという診断
14日から天外の代役に寛美 寛美の青柳と菊二郎役を小島秀哉に替わった
また10月歌舞伎座で9年ぶりに十吾と共演の予定であったが天外の出演は中止
11月12月の中座公演も中止
そして翌年4月7日 松竹は藤山寛美を除籍処分と発表
寛美の借金問題が原因 なお小島慶四郎もあとを追って退団
7月演舞場公演を最後にミヤコ蝶々、南都雄二退団
8月1日曾我廼家五郎八、中村あやめ退団を発表
株式会社松竹新喜劇は社長の天外の病気、寛美の離脱などで業績が悪化 そのため根本的な立て直しが必要となり8月末をもって解散
とどん底まで落ちてしまう。

そのきっかけになった縁起の悪い作品がこの「遙かなり道頓堀」であった。
だからしばらく公演がなかったのに・・・(三代目天外襲名時に一回公演あり)


10月12日 除名された藤山寛美 11月中座公演より正式に復帰を発表
小島慶四郎も復帰
ここから伝説の二十年連続無休公演が始まる


2015 11 松竹座 松竹新喜劇錦秋公演 昼の部 「遥かなり道頓堀」を見て


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