白鷺だより

50年近く過ごした演劇界の思い出話をお聞かせします
     吉村正人

白鷺だより(340)天才少女漫才師が見た「おもろい女」

2018-10-14 18:42:03 | 思い出
天才少女漫才師が見た「おもろい女」

前史  
 父は興行師 母は出雲高子という看板女優の一座の子供として北海道の歌志内の劇場で生まれた歌江が7歳の時一座の漫才師英二・ヒットのヒットがドロンしたため急遽英二の相方に抜擢 24歳と7歳 ギターと三味線 この異色コンビは2年間続くが 英二そのうちが劇団の花形女優と出来てしまい東京行きを歌江の両親に申し出る 両親は許す条件として歌江と4歳になった妹の照江とコンビを組ませ仕込んで一人前の少女漫才にしてからという 二人は必死の英二に仕込まれ「ものになった」のを見届けて英二は東京に立つ
それから東京で都上英二・東喜美江のコンビで売り出すこととなる

新興芸能 
歌江・照江の姉妹少女漫才もどうにかこうにかお客に受けるようになり名古屋の劇場に出ているときに神戸の興行師「岡田のおっちゃん」に見いだされ大阪の新興芸能に所属することになる 新興芸能のその頃 吉本の芸人多数を引き抜き立ち上げた松竹系の興行会社で兎に角一組でも多く芸人を集める方針にうまく乗ったのだ
漫才の本場大阪道頓堀の浪花座での舞台は大成功 いきなりの大きな舞台でしかも12歳の歌江と7歳の照江が大人をさしおいて三つ目の出番だ 新興芸能の文芸部長で後に関西漫才界の大御所となる秋田実の抜擢だった 二人とも男装で髪の刈り方も洋服もボーイッシュでギターを抱えて唄といませなしゃべくりをやる 受けに受けた 二人は天才少女漫才とよばれ看板にも大きく似顔絵が描かれるようになった ギャラは一か月700円 これは当時の大阪府知事と同じ トップクラスはミス・ワカナが1300円 ラッパ・日佐丸が1200円とごくわずか 夫婦漫才で400円500円はいい方で100円クラスがゾロゾロいる中での700円 皆からのいじめは中途半端なものではなかった 
いじめる大人たちがいるかわりに可愛がってくれる師匠たちもいる ミス・ワカナ ラッパ日佐丸 花柳貞奴 日佐冶・日佐一 東声・小柳 らである 中でも特に目を掛けてくれたのがミス・ワカナである

ミス・ワカナ
ミス・ワカナ 玉松一郎コンビは当時最も人気があったコンビで特にミス・ワカナは漫才界の神様みたいな存在で怖いものなしのワンマンだった だけど単なるワンマンではなく面倒見の良さでは定評のある人だった 例えば旅に一緒に行くと行く先々の待遇が下のものまで違う 座長である師匠が興行師に「座員にもなじ事したってや そやないと舞台あがらへんで」と喜を使ってくれるからだ 泊まる宿も食事も何から何まで全部同じ扱い
芸があって人気があって おまけに周りに細かく気を遣う これでは慕われない方がおかしい 「うちも大人になったらワカナ師匠みたいな漫才師になりたい」若き歌江はそう思って偉大な漫才師をあこがれのまなざしで見つめるのだった 
後年かしまし公演では歌江師匠のおかげでスタッフの僕たちまで良い目をさせて貰った

ヒロポン
ヒロポンは大手製薬会社の大日本製薬で出していた製品名で 他にも別の名称で売り出していたがヒロポンが一番有名だったので そのまま当時の覚せい剤の代名詞となった
薬局でも普通に売っており2ccのアンプル10本入りが2円50銭ぐらいで買えた
最初は軍隊用に発売されたが受験生 作家 芸人と広がっていきやがて楽屋のあちこちで気楽にヒロポンを打つ光景がみられた 
食事をする 酒を飲む それと同じような感覚でヒロポンを打っていた

ある日ミス・ワカナが出番前に各部屋を廻り 少女漫才の二人ににも「よろしくお願いします」と丁寧に挨拶したことがあった 
楽屋の人間はびっくりして又胸騒ぎを覚え 舞台袖に集まり見つめていると 目を背けたくなるような光景が展開した
鮮やかな話術 うまかった歌はどこへいったのか舞台はメチャクチャだ 師匠は顔中脂汗を流して同じ話ばかりを延々と繰り返していた
相方の一郎は真っ青な顔でワカナの体をさすったりおろおろしてるばかり
はじめは静まり返って戸惑っていた客も師匠の異常さに気が付き尊前となって汚い野次まで飛んだ
「おい!ワカナ!何喋ってんのかさっぱり判らへんど!」
「その歌は今聞いたやないか!しっかりせんかい!!」
師匠の舞台でこんな野次が飛ぶなど前代未聞
観ていた歌江は呆然となりガタガタ身体が震え始めた 悲しみで胸がふさがる思いだった
目を覆いポロポロポロポロ涙を流し続けた
這う這うの体で舞台を下りると一郎目にイッパイ涙を浮かべワカナを叱りつけたのだがワカナはしょんぼり肩を落として
「何にも覚えとらへん」
とつぶやくだけだった

この地獄絵を見て「絶対ヒロポンには手を出さない」と誓った歌江もやがてその毒牙にかかってしまう

ワカナは昭和21年阪急西宮球場での演芸会の仕事が終わり付き人に預けてあった薬をうけとり 西宮北口のホームで打っていて心臓発作で死んだ 36歳の若さだった
この付き人は後の森光子だという 薬はナルコポンだった


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