拝島正子のブログ

をとこもすなるぶろぐといふものを、をんなもしてみむとてするなり

びっくり人形の第九~後藤美代子アナ~パヴァロッティ

2023-01-08 08:52:30 | 音楽

関東の芸人が「てめー、このやろー」と言ってるのを聞いて、「てめー」は「手前」=「temae」。「temae」を「テメ」と発音するのはフランス語風だと感心した。そう言えば、江戸幕府はフランスと仲良しだった。では上方では?「手前」は「自分」だから「じぶん、あほんだらー」ってとこか(「あほんだら」はそれこそ「このやろー」の超意訳である。直訳は思いつかなかった)。

大晦日にテレビで見た第九について、指揮者についてあれこれ書いたが肝心の演奏の感想を書いていなかったのでそのこと。大詰めのプレストが一瞬ゆっくりになる部分で、

弦楽器の32分音符に合唱が「-ner」とかぶせる部分がぴったり合っていた。ブラボー!これだけで満足である。え?指揮者についてあんなにぶつぶつ言ってたくせになんでここだけハードルが低いのかって?理由がある。私が小遣いで最初に買ったクラシックのレコードはベームの第九(ウィーンのシンフォニカの方。当時、普通のレコードは一枚2000円で廉価版が1000円だったところ、900円だった。店頭で、必死に小銭をかき集めて900円揃えたんだった)。盤面が真っ白くなるまで聴いた。そんなわけで、ひよこが最初に見た生き物を親鳥と思うように、私にとって第九と言えばベームだった。ところが、件の部分(「-ner」の部分)が合わない。合唱がつんのめった感じで先走る。現在、わが家にはこの演奏を含めて4種類の「ベームの第九」があるのだが、どれも判で押したようにここが合わない。想像するに、理由はベームのびっくり人形のような指揮である。いきなり棒をひょいと突き出す。オケの面々は慣れてるから、一呼吸置いて音を出すのだが、合唱の面々はいきなりだから勝手が分からない。ひょいと出された瞬間に「-ner」と言っちゃう。だからである、と推測している。とにかく、そんなわけで、私にとってここが合わないのがデフォルト。だから、合うと感動するのである(そう言えば、最後のプレストに入る前のソリストによる四重唱(ソプラノが最後に高いHを出す)の音程が合わないのがデフォルトって人もいた)。

そのベームのフィガロの結婚を昨夜聴いた(ベルリン・ドイツ・オペラを振ったヤツ)。MDデータ化作戦においてである。音源は、1988年のオペラアワー(FM番組)なのだが、冒頭、後藤美代子アナウンサーが珍しく、わずかにかんだ。あら珍しい、と思ったらワケが分かった。放送終了間際、「私事でございますが、長年オペラアワーを担当してまいりましたが、今回変わることになりました」だと。おおー、それが動揺につながったのだろうか。そう言えば、パヴァロッティのネモリーノ(ドニゼッティの「愛の妙薬」)を東京文化会館で聴いたとき、「オブリガート」と歌うところでとちって、あら珍しい……とは思わず、よくとちるのかなー、とか思ったらワケが分かった。もう一度同じメロディーを歌うところで「ありがーと」と歌ったのだ(これは直訳である)。パヴァロッティは、「この後、慣れない日本語で歌わなきゃいけない」ことで頭がいっぱいで、それでとちったのだろう。ワタクシなども、自宅で楽器の練習をしている最中に、スマホがポーンとか鳴ると、あらま、おデートのお誘いかしらん?と動揺した途端に間違えるものである(若干、フィクション)。

その日のパヴァロッティは、とちりはしたがまだ全盛期の声を維持していた。それから数年経ち、NHKホールでヴェルディのレクイエムのテノール・ソロをパヴァロッティが歌う公演のチケットが手に入った。NHKホールに向かう坂の途中、私の頭の中は、パヴァロッティの声で「きーりーえーーー、え、れーーーえれーえええいそーん」が鳴り響いていた。さあ、いよいよ開演。ところが、パヴァロッティがよたよたしてる。立ってるのもしんどそう。そして、実際に発した声は、私の頭の中で鳴ってた声とは別物だった。思えば、この頃はパヴァロッティの最晩年であった。それでも、終演後のステージ上で指揮者(レヴァイン)を差し置いて全員を仕切っていたのは貫禄であった。

第九のレコードの話に戻る。実は、そのお店では、他にも900円の第九を売っていた。コンヴィチュニー指揮のゲヴァントハウス管楽団の演奏である。だが、少年の私には、ベームもコンヴィチュニーも知らない人。ベーム盤の方がジャケットが立派だったのでそっちを買ったのだ(そのライナーノートの解説を書いてたのがカラヤン嫌いのUで、ベームの指揮なのにカラヤンの悪口ばかりだった)。その後、コンヴィチュニー盤はベートーヴェンの交響曲の全集をばら売りしたものだということを知った。その全集CDを購入したのは近年のこと。素晴らしい演奏!しかも、第九のバリトン・ソロはテオ・アダム!少年時代、こっちを選択してたら人生が変わったろうか。因みに、わが家のベームの4種のCD(レコード)のバリトン・ソロは、ゴットロープ・フリック、パウル・シェフラー(900円)、カール・リッダーブッシュ、そしてワルター・ベリー。ワルター・ベリーがバリトンを歌ってる演奏でテノール・ソロを歌ってるのはプラシド・ドミンゴである。