拝島正子のブログ

をとこもすなるぶろぐといふものを、をんなもしてみむとてするなり

余計な一言

2022-02-20 08:46:57 | 日記

お友達から、ネットで「サイゼリヤでの初デートがありか?」が話題になっていると聞いたと思ったら、スガダイの競馬予想番組の雑談コーナーでもそのことが取り上げられ、スガダイは「なし」。ガストの方がよいそうだ(そっちか)。それに対し、司会進行の岡田大さんは断然サイゼ派。ワインのコスパがいい、もっぱらワインを飲みにいく、と言っていた。おお!同好の士!私もまったく同じである。よし、まだ見ぬ将来の恋人との初デートはサイゼリヤにしよう!(この宣言は、当ブログの名称が今のままである間だけ効力を有する)さて。数日前に、子供用の「ギリシャ神話」には、パリスが一方的にヘレンを夫の元から奪い去った、と書いてあった、と書いた。当時、わが家に悶着が起きなかったから、私が母に「おかーさん、パリスって悪い人だね。人の奥さんをさらっちゃうんだからね」という問いを発しなかったんだろうし、かりに発しても、それに対して母は「余計な一言」を言わなかったんだろう。その「余計な一言」とは、「ヘレンも喜んでパリスについて行ったんだよ」である。もしこの一言が発せられていれば私は「ええー?なんでだんなさんがいるのに他の人について行っちゃたの?」と聞くだろう。それに対して予想される母の応答と私の反応その1。「ヘレンは夫のことがきらいだったんだよ」「ええー?好きだから結婚したんじゃないの?」「飽きちゃったんだよ」。その2。「夫の稼ぎが少なかったんだよ」「ええー?うちと同じじゃん」実際、母はことあるごとに私に「ウチはビンボーなんだよ」と言っていた。だが、妹には言わなかった。その理由を後年聞くと「○子(妹)は女の子だから卑屈に育ってもらったら困るから」と言っていた。とんでもないジェンダー差別である。お陰様で、私は卑屈な男に育ち上がった。その3。「パリスとヘレンの○○○”の相性が良かったんだよ」「え?○○○”の相性ってなに?」「子供が知らなくていいこと」「ずるい、おかーさんから言い出したくせに」。母のこの態度が波紋をもたらす。翌日、学校に行って私は先生に「○○○”の相性ってなんですか?」と聞く。母は学校から呼び出しをくらう。しかし、これはましな方のシナリオである。もし私が、掃除の時間にクラスメイトに、トロイ戦争の原因は○○○”の相性にあったと講釈したらどうだ。その日、街中の家庭で親は子供から「○○○”の相性」について質問攻めに遭う。え?イージマくんがそんなこと言ったの?あのウチはどういう教育をしているのかしら。こうしてわが家はこの町にいられなくなり、トロイから退散するギリシャ軍のように逃げ出すはめになる。それもこれも「余計な一言」のせいである。言っちゃったからには納得するように説明をして口止めをすべきであった。因みに、「○○○”」とは「しょくじ」である(「しょ」は発音上一字である)。え?なんだと思った?いずれにせよ、私が母に「おかーさん、パリスって悪い人だね」と言った後はフィクションである。因みに、私のクラスメイトに正しい性の知識を授けたのは学校ではなく、掃除の時間中のワタクシである。これはノンフィクションである。私が知識を仕入れた元は、24巻の百科事典「ジャポニカ」である。今でいうネットサーフィンのように、次から次へとひきまくっていた。私の頭の中はジャポニカでできあがっていると言っても過言ではない。なにも、性の知識だけではない。音楽の知識の多くもジャポニカから得た。マリア・カラスが写真付きで載っていて、あまり自分の趣味じゃないな、と思った少年のワタクシであった。