拝島正子のブログ

をとこもすなるぶろぐといふものを、をんなもしてみむとてするなり

自己責任

2021-01-25 09:51:51 | 日記
以下は、愛を断念したアルベリヒ某の話である(事実を基にしたフィクションである)。アルベリヒ某はボンビーである。なんでボンビーになったかと言うと○○と○○○のせい、と言って来た。この二文字又は三文字に何が入るかは決して口外せず墓場まで持っていくつもりだったが二文字の方は既に酔っ払った際方々でしゃべっているので隠しておく必要がなくなった。それは「かぶ」である。株と競馬は自己責任(あっ、三文字に「けいば」が入るわけではありませんので。競馬についてはアルベリヒ某は実に堅実。一日千円の掟を頑と守っている)。損をしても責任転嫁はできない。因みに、昨日のレースでアルベリヒ某は三連複(三着までに来る馬を順不同で当てる馬券)を当てたのだが、三着の馬(さほど人気はなかった)を選んだのは評論家が褒めていたから。だが、競馬評論家と経済評論家の言うことほど当てにならないものはない。だから、あくまで自己責任のもと、評論家の言うことを取捨選択し、なるほどと思った話だけ聞き、後は「ばーか」と言って切り捨てる態度が必要である。で、株の話である。今は暇そうなアルベリヒ某も40代は人の何倍も働いた。その結果小金がたまった。ところで、アルベリヒ某の当時の通勤路に証券会社があって、アルベリヒ某はその電光掲示板でS社株の値をチェックするのが習慣であった。アルベリヒ某はS社の製品が大好きで、家の中はその製品であふれていたから、アルベリヒ某は自らをSっ子と呼んでいた。ときは不況の世。いっとき6000円とかだったS社株が3000円を切った。「時来たれり」とばかりちびっと買った。下がった。買い足した。また下がった。これを繰り返していくうち、汗水たらしてためた小金はほとんどS社株に化けていて、取得価額の平均は2400円くらい、だが、株価は2000円を切ろうとしていた。そのとき、あまたいる「経済評論家」「投資評論家」「なんとかストラテジー」と言った面々は、S社株は今後二度と上がることはない、と口を揃えた。なかには「500円になる」と言ったヤツ(以下「500円の君」と言う)までいた。ご、ご、ごひゃくえん……。アルベリヒ某は動転した。そして、S社株を全部売っぱらって、まったく別の業種の某株に乗り換えた。そしてどうなったか。乗り換えた先の某株はその後怒濤の下げ。回復の兆しは見えない。アルベリヒ某がボンビーなのはそのせいである(今、アルベリヒ某は、ジークムントに身の上話をするジークリンデの気分である)。話がここで終わったら、単に株で損をしたお馬鹿な、だがよくある話である。話はここからである。そのS社株の方はどうなったか。な、な、なんと現在1万円を越えている。もしも、あのとき並み居る評論家諸氏、特に「500円の君」の話さえ聞かなかったら、アルベリヒ某は大金持ちである。損失に実損のほか逸失利益も加えたならば、その額は東京西部に広い一戸建てが買える額である。しかし、すべて自己責任である。経済評論家と競馬評論家ほど当てにならない者はない、その言うことは、しかし、たまに当たることもあるからうまく取捨選択すべし、という冒頭の話になるのである。アルベリヒ某が恥を忍んで私を通じて身の上話を暴露したのは、世のため人のためにこの格言を言いたかったからだ。しかし、自己責任で文句を言えなくても恨むのは自由だ。アルベリヒ某は、「500円の君」の藁人形を作って撫で撫でしてやりたいと思っている(アルベリヒ某は、自分の性格の悪さを隠さない)。ところが、その「500円の君」が誰だったかその名前を思い出せない。アルベリヒ某は、どうしても藁人形で恨みを晴らしたいものだから「S社 株価 500円」で何度もググっているのだが見つからないで今に至る。以上、重ねて言うが、あくまでも、事実を基にしたフィクションである(主人公の名前だけフィクションで、あとは実話という噂もある)。そう言えば、(これは明らかな実話である)、株でなくて円相場の話だが、いっとき1ドル70円台になったとき、「このまま50円になる」と言い切った経済学者がいた。そうはならなかったわけだが、その後もその学者先生は、50円にならなかったのは政府のせいと言ってすましている。その強心臓ぶりは是非見習いたいものである、というのはアルベリヒ某ではなく、アルベリヒ飯島自身の感想である。因みに、アルベリヒ飯島は、「クラリネット チカちゃん」でときどきググっている。フライブルクのドイツ語学校に来ていたクラリネット奏者で、フライブルク音大に通いながら、ドイツ語学校にも来ていた。もし、近くに住んでおられるならクラリネットを習いたいと思って捜索しているのだが「500円の君」と同じくいまだ見つからない。それから、ボンビーになった原因の三文字の方は、アルベリヒ某はまだ隠しておきたいそうだから、私も言わないでおく(でも、酔っ払ったらしゃべりそうである)。