とにかく書いておかないと

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演劇と方言

2018-10-01 22:35:52 | 劇評
 「山形学」講座に参加しました。今回のテーマは「演劇にみる方言」です。演劇において方言を使用することはいいことなのかという話題で盛り上がりました。普通に考えれば演劇に方言を使用することは問題なさそうに思えると思います。しかし現実には方言を使えば会話の内容が理解できない場面も出てきます。だれもがよく知っている関西弁などならば問題ないでしょう。しかしネイティブ山形弁の話者が、本気で山形弁を話したらきっと誰も理解できないと思います。そうなれば「方言もどき」になってしまい、それは方言と言っていいのかという問題が生じてしまいます。

 私はその話を聞きながら考えました。そもそも演劇に使われることば標準語(共通語)とは違うものです。「演劇語」と称してもいいと思います。演劇の場面でしかつかわれないような言葉です。最近はリアルなセリフが増えてきて「演劇語」も日常語に近づきつつあります。しかし、それでも「演劇語」です。演劇のセリフが日常語になることはありえません。演劇のセリフが日常語になってしまえば、もはや演劇ではない。

 同じように演劇の中で方言が話されるときは「方言演劇語」というものになります。これは方言ではない。地域性をしめす記号であるだけなのです。

 先日アマチュア劇団が方言を使った芝居をしているのを見ました。中に本当にリアルな方言を話す役者がいました。これはとても刺激的でした。その役者は日常生活を営む登場人物に「同化」しようとして方言をリアルに話したのだと思います。しかしこの「同化」しようとした演技は明らかかに「異化」作用をおこしていました。その芝居が構造化していきなり私にせまってきたのです。これは偶然だったのかもしれません。しかしおもしろい試みであったのは確かです。

 方言と演劇はとてもおもしろいテーマだと思い、さらに考えていきたいと思いました。
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