団塊亭日常

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「ゲーデルの哲学 不完全性定理と神の存在論」高橋昌一郎 再読メモ

2018-02-01 09:24:31 | 映画・音楽・読書・宗教

2018/1/31 追記メモ

ゲーデルの「ドウソン目録6」中の『私の哲学的見解』は14条に箇条書きにしたメモで、1960年頃に書かれた。現代のAI技術などから見て何か感じるものがある。

 2.人間の理性は、原則的に、(あるテクニックを介して)より高度に進歩する。

あるテクニックを介して どんなテクニックをイメージしていたのだろう。深層学習、機械学習を思い浮かべてしまう。

 3.すべての(芸術も含めた)問題に答を見出すために、形式的な方法がある。

芸術に必要な虚構のことを言っている。

 4.〔人間と〕異なり、より高度な理性的存在と、他の世界がある。

UFO 宇宙人の存在を肯定している。

 5.人間世界は、人間が過去に生き、未来にも生きるであろう唯一の世界ではない。

多次元のことを指すのか。

 6.現在知られているよりも、比較にならない多くの知識が、ア・プリオリに存在する。

右脳理論での膨大な記憶と知識、因果律や時間を超えた知識、そんなものを指している。

 7.ルネサンス以降の人類の知的発見は、完全に理性的なものである。
 8.人類の理性は、あらゆる方向へ発展する。

あらゆる方向とは。例えばテレパシーや透視など。

 9.正義は、真の科学によって構成されている。

真の科学とはどんなことを指しているのだろう。正義はAI的に追求されるものか。
 10.唯物論は、偽である。

ショーペンハウワーと同じ結論に達している。

 11.より高度な存在は、他者と、言語ではなく、アナロジーによって結びつく。

 2.の「人間の理性は、原則的に、(あるテクニックを介して)より高度に進歩する」と合わせて見ると面白い。

アナロジーによって結びつくコミュニケーションとはまさに深層学習、機械学習のことだ。

 12.概念は、客観的実在である。

ショーペンハウワーの「概念は表象の表象である」と合わせると表象が実在であれば表象の表象も実在であるとの結論に至る。

 13.科学的(厳密な学としての)哲学と神学がある。これらの学問は、最も高度な抽象化概念を扱う。これらが、科学において、最も有益な研究である。

(厳密な学としての)哲学と神学とは?次の

 14.既成宗教の大部分は、悪である。しかし、宗教そのものは、悪ではない。

と合わせるとヒントにはなるが。

以上は『ゲーデルの哲学 不完全性定理と神の存在論』高橋昌一郎〈たかはし・しょういちろう〉(講談社現代新書、1999年)

 

2018/1/30 追記メモ

知識の究極の根拠は他者による承認である。(ウィトゲンシュタイン)

右脳と左脳理論によると両者は統合されて入るものの仮に他人であると考えることができる。自己の脳は他者による承認を互いに行っているので知識の究極の根拠になりえる。

2008-08-17に初稿だが再読してみて追記した。ゲーデルの不完全性定理はAIがシンギュラリティーを迎えると言われる昨今、AIの限界を考える意味できわめて有用だと思う。つまりHALのような存在が現れるか否か、何ができて何が努力すればできるのかをわきまえることが大事だろう。

ゲーデルという凄い大天才が数学と論理学の世界にいたという事実を最近知った。天才達の総本山のようなプリンストン高等研究所のなかでも飛び切りの天才であったらしく、アリストテレス以来の天才だという。ある人のブログで「世間にはゲーデルの不完全定理を誤解して用いているマスコミ人もいる」とあったので気になっていた。本屋で高橋昌一郎著 「ゲーデルの哲学」不完全性定理と神の存在論(講談社現代新書)が目に入ったので買って読み始めた。

なかなか誤解の多い定理であるらしい。かのヴィトゲンシュタインさんも誤解していたとある。ヒルベルトプログラムというのがあって限られた公理からすべての真理を証明しつくそうとの運動を偉大な数学者ヒルベルトが起こしたのだが、ゲーデルはそれを否定する定理を発見したという。

もとより数学の専門的な話にはついていけないが、高橋さんの説明の旨さでそのイメージはわかる。昔論理学でならったうそつき島の住人の命題「私は嘘をつかない」をどのように理解するのかみたいなパズルから説明を始めて、メタ言語の説明にはいり、それからの類推で不完全性定理をなんとなくわかった気にさせる。

 

いかに難解であっても、数学の問題は、真か偽のどちらかに違いない。従って数学的真理はいつかは必ず証明されるようになる。ところが、実はそうではないのである。

不完全性定理の重要な帰結の一つは、数学の世界においても、真理と証明が一致しないことを明確にした点にある。しかも、ゲーデルは、ただ完全に一致しないという結論だけを示したわけではない。彼は一般の数学システムSに対して、真であるにもかかわらず、そのシステムでは証明できない命題Gを、Sの内部に構成する方法をしめしたのである。p38

古代以来の嘘つきのパラドックスを根本的に解決したのも不完全性定理なのである。

日常言語内部には、本来はレベルの異なる言語が混在しているために、ゲーデル命題が生じる。これが嘘つきのパラドクスの正体である。

逆にいうと、不完全性定理は自己言及を可能にする程度に複雑なシステムにしか適応できない。将棋やチェスには不完全性は存在しない。

どんな公理系を持ってきても、その系のなかでは証明不可能な真の命題が存在するということらしい。多項式云々となるともうついていけないが、それはさておいて、なにやら人間の思考力の深さをたたえているのだということがわかってくる。自己言及を行うとシステムは矛盾を抱え込むがこの自己言及が含む矛盾を問題ごとに人間の叡知は直感で克服してきたし、することができるという。

私は20代のころアセンブラ言語でプログラムを作成することが仕事だった時期がある。プログラム自ら自分のプログラムを変更することは禁止されていた。それはロジックが破たんする恐れがあるからだ。これはシステムの中で真理とされることを行っても自己プログラムを自ら変更すると再帰性のあるアルゴリズムでは結果は真理性が保証されないということで、この解釈でもってゲーデルの不完全性定理がイメージとして理解できる。

ゲーデルの不完全性定理を数学者や論理学者のように正確に理解することは専門家に任せてその果実だけを味わってみよう。

ゲーデルの不完全性定理は人間の脱機械宣言だと読んだ。

ゲーデルは神秘主義ではなく理性で霊や輪廻転生に迫ろうとした。55歳のゲーデルが82歳の母マリアンヌに送った手紙は来世の存在を述べていることから「神学的手紙」と呼ばれている。この手紙にはゲーデルの宗教観ともいうべき大変興味ある内容が盛られている。かなり仏教的考え方に近いとも呼べるのではないか。

「もし世界が合理的に構成されていて、意味のあるものであれば、来世での再開が存在することに間違いありません。人間は、限りなく変化し、発展を続ける可能性を与えられています。それにもかかわらず、その千分の一も達成できないで終わってしまうような人間が存在することに、一体なんの意味があるのでしょうか。それでは、莫大な費用をかけて、注意深く設計した大邸宅の土台を築いておきながら、その上には建物を建てずに無駄にしてしまうようなものです。」

「来世では、すべての物事を2*2=4のように、絶対的に誤りのない正確さで理解できるはずです」

「カトリックの教義によると、私達の愛する神が、永遠に地獄に送るだけのために、大多数を想像したことになります。もちろん、善良なカトリック教徒だけは除かれるそうですが、それは教徒のなかでもさらに少数のはずです」

「世界は、合理的に構成され、疑問の余地のない意味をのっているという信念を、私は神学的世界像と呼んでいます。この信念は即座に次の結論を導きます。私達の存在は、現在ではきわめて疑わしい意味しかもたないのですから、それは、来世の存在と言う目的のための手段に違いありません。そして、すべてのものに意味があるという信念は、すべての結果に原因があるという科学的原理とも対応しているのです」

こんな人がいて、アリストテレス以来という世界観を変える発見をつい最近に行っている。なかなか読書もエキサイティングだ。

ゲーデルの遺稿から 私の哲学的見解もなかなか興味深い。

 

2016/8/28 追記


1 世界は合理的である
2 人間の理性は、原則的に、(あるテクニックを介して)より高度に進歩する
3 すべての(芸術等も含めた)問題に答えを見出すために、形式的な方法がある
4 (人間と)異なり、より高度な理性的存在と、他の世界がある
5 人間世界は、人間が過去に生き、未来にも生きるであろう唯一の世界ではない。
6 現在知られているよりも、比較にならない多くの知識が、ア・プリオリに存在する
7 ルネサンス以降の人類の知的発展は、完全に理性的なものである
8 人類の理性は、あらゆる方向へ発展する
9 正義は、真の科学によって構成される
10 唯物論は、偽である
11 より高度な存在は、他者と、言語でなく、アナロジーによって結びつく
12 概念は、客観的実在である
13 科学的(厳密な学としての)哲学と神学がある。これらの学問は、最も高度な抽象化概念を扱う。これらが、科学において、最も有益な研究である
14 既成宗教の大部分は、悪である。しかし、宗教そのものは、悪ではない

 全数学を論理学に還元することは不可能である
 全数学を公理化することも不可能である 

以上はp201より引用。

人が心というとき、機械を指すのではなく、自分自身を指している。 意識は、一つの全体だが、機械は、部分によって構成される。 私は、生物学における機械論は、現代社会の偏見であり、将来反証されるに違いないと信じている。p235

同じようにゲーデルはダーウィン理論にも懐疑的だ。又、本書の次のような文もある。

自己プログラムを完全に理解するコンピュータの概念には、パラドックスが含まれているのではないか。

ゲーデル・チャイティンの不完全性定理

任意のシステムSにおいて、そのランダム性を証明不可能なランダム数GがSに存在する。p238

それ自体よりも圧縮できない数列をランダムと定義するとこのような結論がでてくる。この方法を多項式に当てはめて、決定不可能な多項方程式が存在することを示した。これはあいかわらずイメージできていない。

メモ

語ることが不可能なことについては沈黙しなくてはならない。

知識の究極の根拠は他者による承認である。

規則は共同体における「合意」によって意味を持ち、論理世界内では規則は無意味(規則は規則によって基礎づけられない)という区別が導出できる。この時規則は言語ルールまで拡大されるので「私的言語」は不可能となる(私の規則に従っている時、私は規則を知らない)。

ウィトゲンシュタイン

空と救済あるいは憐憫 ランバート・シュミットハウゼンの論文から

「ゲーデルの哲学 不完全性定理と神の存在論」高橋昌一郎 再読メモ

 フェルマーの最終定理と谷山豊それにガロア

「近世数学史談」 高木貞治著 読書メモ

お盆の空想 正、負、虚数

 


 







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