20代の始めの頃に井の頭公園から数キロ離れた三鷹台のアパートに住んでいた。電電公社の借り上げ社宅だが二間に台所がへばりついて風呂はない。そのアパートは玄関を出ると前に2メートルくらいのコンクリート壁があり、その上は雑木林になっていた。そこにのらの三毛猫が暮らしていた。可愛い顔をしているのだがなかなか人に慣れない猫で、人間に関心はあるのだが決して近づいてこない。残り物を置いておくといつの間にかなくなっている。あるとき壁の上で安心して昼寝をしているのを手を伸ばしてそっと触ってみたらびっくりして逃げて行った。
その近所に一陽会の画家小川哲郎氏が住んでいてその家の飼い雄猫”バム”が縄張りにしていた。いつも威風堂々として支配下の広大なシマを巡回していた滅法強いオス猫でいつ見てもケンカの生傷が絶えない。ある時などは前足がけんかのために噛まれたのだろう、白い間接の骨が完全に見えている。それでも平気で巡回を続ける姿に妙に感心したことを覚えている。猫のオスもシマを守るためには命がけなのだ。
一方、ご近所の飼い猫で白黒のぶちオス猫もそのあたりを徘徊していたが、ボス猫バムに出会うとそそくさと逃げ出す。まったく相手にならないのだ。我が家では”ダメオヤジ”と名づけていた。
そのうちに三毛猫”チビ”が妊娠して子が生まれた。きっとボス猫バムの子だろうと思い込んでいたらなんと白黒のぶちの子で”ダメオヤジ”そっくりだ。猫の世界でもやはり好みがあり強いオスが子孫を残すと思っていた私は猫の意外な一面を見た思いがした。可愛い顔をした”ちび”は実は軟弱な”ダメオヤジ”の方を気に入っていたのだ。
追記
一陽会の画家小川哲郎氏はご近所に住んでいて、連れ合いが絵を習っていた関係で何回かお邪魔したことがある。桜を描いた作品が置いてあり印象に残っている。小川未明の息子と言われるのを嫌っていた。(岡本太郎も毛嫌いしていたのがおかしかった)
パリにでかけたときの話は面白かった、フランス語がからきしだめですべての用事は手持ちのはがき大の紙に絵を書いて済ませたとか。
間近に画家を見たのは初めてだったが、なるほど芸術家として育つとおとなになっても子供の素直な精神をもっているということはよく理解できた。