
紀野一義氏は大乗の由来を原始仏教のサンガからストーパ信仰を好んだ一派に別れた一群が経典結集し大乗を始めたと説明する。
曽我量深氏が88歳で講演し、釈尊以前の仏教について言及したことを紹介し、それが大乗ではないかとの説明を講演でしているが、お気に入りの説のようだ。そしてこういうことは右脳で考えないと理解できないとも。
一方佐々木閑氏は大乗はどこで生まれたか文献学的には定かでなくいまだによくわかっていないそうだと説明する。あくまで左脳的に理詰めで説明する。
わたしはいずれに与するものではなく両方の考え方いずれも面白いと思う。定見がないと叱られそうだが、また、右脳左脳は古いよと言われそうだが、そう思うので仕方がない。


