
花の声──サヌールの舗道で、ひとつの落下を聴く
砂にまじる舗道の石が、午後の陽に乾いている。
サヌールビーチのいつもの道。
とくに意識もせずに歩いていたそのときだった。
ひとつの花が、音もなく、降ってきた。
いや、音はたしかに、あった。
それは耳で聴くのではない。
肌のうえで、あるいは胸の奥で鳴るような、
**「あ」**という、ひらがなひと文字の声だった。
私は歩みを止めた。
振り返ると、そこに花があった。
白く細長いおしべが、根元から扇状に広がっている。
先端は淡い紅に染まり、一本一本が微かに震えているようだった。
■ 落ちた瞬間に、世界が深くなる
この花は、サガリバナか、サンユウカか。
名前は知らない。でも、花は名前を必要としない。
それよりも、この落ち方、この“在り方”がすべてを語っていた。
誰にも見られずに落ちたはずのそれが、
私の前で、確かに声を立てた。
落ちた、というよりも、
**「舞い降りた」**のだ。
重力のせいではなく、なにか意志ある下りだったように思える。
■ 聞き逃さなかったよ、その声。
“あ”という声。
誰かを呼ぶでもなく、抗議するでもなく、
ただそこに在ったことを告げるような、極めて静かな自己表明。
それを私は、聞き逃さなかった。
不思議とそう思える。
つまり、今この旅において、私の耳は少しだけ開いていたのだ。
この島にいて、気づくことがある。
人も動物も、風も雨も、
そして花までもが、言葉を持っているということ。
ただ、それを聴くには、
ほんの少しの“静けさ”が必要なのだ。


