団塊亭日常

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テイラー女史の右脳のみの意識体験はショーペンハウワーの認識と近い

2017-12-15 16:39:56 | 映画・音楽・読書・宗教

テイラー女史の体験はショーペンハウワーの認識と近い。 

共苦の発見

 「個体化の原理」を突き破った人にとっては、他人と自己の区別が無いので、他人の苦痛を自分の苦悩として感じる。最高の慈悲深さを持つばかりに、自分を犠牲にして、自分自身の命を犠牲にしてさえ他人を救おうとする。

ニヒリズムは虚無主義で、世界や人間の存在には価値がないとする哲学でありペシミズムは悲観主義、厭世主義で世界は悪と悲惨に満ちたものだという人生観で原因と結果みたいなもので実は同じだろうと考えていたが実は大きく異なっているようだ。ショーペンハウワーのニヒリズムは即ペシミズムに向かうものではなく一旦はニヒリズムに沈み、そこから脱却するといういわば大乗仏教の無明と、それからの脱却である空の思想に近いものをおぼろげながら志向しているように思う。そのヒントがショーペンハウワーの「共苦」ではなかろうか。

欲望のさらに奥にある無明を取り払うとどうなるのか。欲望のさらに奥にある無明を取り払えば悟り、涅槃、如来に至る。言葉にすればシンプルなこのテーマを釈迦は説いた。このシンプルなテーマは宗教よりもむしろ方法論といってもよい。このテーマが釈迦仏教として伝搬し大乗仏教という一大解釈革命とさらに見解のことなるさまざまな宗派を生んだ。

テイラー女史の体験

テイラー女史によると、このようなスピリチュアル体験を引き起こした原因は、右脳・左脳の機能的違いにあるとのことだ。曰く、左脳は線形的な思考を司り、過去と未来という時間軸を持ち、過去の情報の分類・整理、将来の可能性を言語的に考える、計算的知能である。一方、右脳は「現在」、つまり“この場所この瞬間”がすべてであり、映像や運動感覚を通して思考する、巨大なコラージュだという。そのため、右脳のみの意識では、我々一人一人の間に区別はなく、ちょうどユングが指摘した集合的無意識のように、互いにエネルギー的存在として結合していることが感じられるそうだ。

 そのため、時おり左脳が機能を取り戻すと、世界と融合したテイラー女史の意識が個別性を取り戻し、「助けを呼ばなくては」と理性的な思考を働かせたという。しかし、助けを呼ぶために電話をかけても相手の声が意味をなさず、「ワンワンワン」と犬の鳴き声のようにしか聞こえなかったとのことだ。その後、全快までに8年もの歳月を要す大病となったが、テイラー女史はこの時の経験を「かけがえのない贈り物」であるとし、肯定的に捉えている様子だ。

テイラー女史はスピーチの最後に、人類が右脳にある深い内的平安の回路を生きるようになれば、世界に平和が広がるはずであると希望を語っている。だが、テイラー女史の場合は脳卒中によって強制的に左脳の機能がシャットダウンしたが、物理的に脳を損傷せずに同じ体験をすることはできるのだろうか? 人類学と仏教の知見から可能性を探ってみよう。

縄文文化の高い精神性に着目した研究を展開する大島直行氏は、縄文人は卓越した右脳的世界を持っていたのではないかと指摘している。その際に注目しているのが縄文文化にも見られる「融即律」という、フランスの哲学者レヴィ=ブリュルが「未開民族」の心性を説明するために導入した概念であるが、これは別々のものを区別せずに同一視する心性の原理のことであり、明らかに自分とは異なる生物(たとえばインコなど)と同一だと認識する心的作用がそれにあたる。また、宗教学者の中沢新一氏も、主著『カイエ・ソバージュ』(講談社)で、物事を区別する心性である「非対称性思考」と、異なった物事に同質性を見出す「対称性思考」の2つの原理を提唱しているが、対称性思考も右脳的世界と近似の概念であるだろう。

 また、テイラー女史がいみじくも右脳的世界を「ニルヴァーナ」と表現しているように、モノゴトを区別しない無分別は仏教の悟りの境地だとされている。テイラー女史の著書『奇跡の脳―脳科学者の脳が壊れたとき』(新潮文庫)

テイラー女史のインタビュー

「左脳と右脳は違います。右脳は今を生きる脳です。イメージが中心で、体験から学ぶ脳です。情報はエネルギーとなって流れ込み、こう見える、こう感じる、こう匂う そうして、周りとエネルギーでつながる。スピリチュアルな脳です」

「左脳はそれに対して直線的です。過去と未来を考えます。膨大な情報から、詳細な情報を拾います。言語脳もこちらです。内面と外の世界をつなげます。何を言えばいいか、いつすればいいか・・知性をつかさどります。それによって、自分という人間が、周りのエネルギーから独立し、個性となるのです」

2つの認識的な心を備え2者が、私の中にある“私たち” 右脳にある、深い内的平安

「私はひとりの個人という存在だ。 ここからここまでが私の身体で そこからそこまでがあなたの身体。 私たちは分離している。」


そんなふうに感じているのは左脳

左脳が機能しなくなったなら自分たちが分離している感覚はなくなる。

「私」というのは言語感覚で失ったことで「私」は消えてしまった。

脳卒中が起こった日の午後、おなかの中の赤ちゃん、人生の記憶が何ひとつ無い状態。

ワンネス、平安、すべての人との一体感

ヨギや瞑想をする人々が求める「解脱」

私たちの本質が神

流れるような しなやかな 穏やかな動き、大きなひとつのエネルギー、すべての知

左脳の機能が回復してから数年後にペインボディが戻ってこようとしたのですが私は拒否しました。

脳というのは単に細胞のかたまりなんですよ。脳細胞を小さな子供たちだと思ってください。

参加したくないゲームにはNOと言えばいいだけです。

脳卒中を起こすことなく
あなたのように生きるにはどうすればいいのでしょうか。

エックハルト・トールのメッセージと同じです。
思考に気を付けることです。

思考はあなたではありません。   

今こうしてあなたとの会話を体験していますが私があなたに背中を向けたとたんあなたはもう存在しないのです、記憶の中を通り過ぎるもしれませんが実際のあなたは消え去ります。    

この瞬間と次の瞬間とをつなぎあわせて知覚に連続性をもたせて物語を創るのは左脳の働きなのでその機能を失うと一瞬前の過去さえ存在しないのですよ。

思考というものは単に脳の小さな細胞のおしゃべりだと分かっていてそんなおしゃべりを聞くかわりにいまの瞬間に耳を傾けていればそこに平安はあるのですから。

’私という個人的な感覚、 自我(エゴ)’あなたは それが自分だと感じているかもしれませんが違うんですよ。

それはあなたではなく左脳の細胞の集まりです。そんなピーナッツほど小さな細胞の集まりを取り除いてしまえばもうエゴはいないんです。そして エゴがいなくなってもあなたは存在するのです。

そのピーナッツみたいな脳細胞は記憶や思考を作っているんですか。何のためにあるんですか?

物語を語る部分というのは脳にとってとても大切な機能なのです。世界からあれこれと情報を拾い集めて可能性を探ります。その機能のおかげで私たちは未来や現在を自由に行き来してこの世界で創造的に生きることができるのです。でも同時にその機能が厄介な感情の原因にもなるわけですね。

物語を創り上げること、つまりエゴは私たちが言語機能を持つことの代償なのです。

 

林武の場合。右脳が全開になって下記のような境地に達したようだ。

そのとき僕は、歩きなれた近くの野道をぼつぼつと歩いてゐた。すると突然、いつも見なれてゐた杉林の樹幹が、天地を貫く大円柱となって僕に迫ってきた。それは畏怖を誘ふ実在の威厳であった。形容しがたい宇宙の柱であった。僕は雷にうたれたやうに、ハアッと大地にひれ伏した。感動の涙が湯のやうにあふれた。 同時に、地上いっさいのものが、実在のすべてが、賛嘆と畏怖をともなって僕に語りかけた。きのうにかはるこの自然の姿――それは天国のやうな真の美しさとともに、不思議な真魔のやうな生命力をみなぎらせて迫る。僕は思はず目を閉じた。この実感をなににたとへよう。僕はまさしく実在を霊感したのだ! さうだ、これはいくらむづかしからうと、描かねばならない。あの見えるものを画布に表はしてやらう。僕はさう思った。沙羅双樹にときならぬ花が咲き出たとは、かかる現象であったらうか。その美しさはただただはるかに言語を絶するものであった。僕は実に“美”といふものを見た!

  僕は狂ふやうな歓喜の世界にゐた。手の舞ひ足の踏むところを知らなかった。――われ世に勝てり! 僕は心でそう叫んだ。 その翌朝、僕は戸だなから絵の具箱をとり出した。それから、朝から晩まで、その感動を画面に追求する生活が始った。 夜は、名画といはれてゐる古今東西の複製の画集を眺めた。そして感じることは、すべての名画が、僕の見たあのものを、表はしてをり、それ以外ではないといふことだった。

 こうして僕は絶対の自信を獲得した。おまへは絵を描くよりほかに道はない、といはれてから十余年。二十五歳になってゐた。そして、僕のそばには、僕が女神と仰ぐ新妻がゐた。 林武『美に生きる』講談社

 

ショーペンハウワーは次のように意思の否定の先の無に般若波羅蜜をみる。意思の否定つまり右脳が全開した状態とみるとテイラー女史や林武の経験した世界が納得できる。(実は筆者もたった一度だけ、近い経験をしたことがある)

動物の中で人間にのみ、この意志を否定出来る可能性が残されている。

無 意志を完全になくしてしまった後に残るところのものは、まだ意志に満たされているすべての人々にとっては、いうまでもなく無である。しかし、これを逆に考えれば、すでに意志を否定し、意志を転換しおえている人々にとっては、これほどにも現実的に見えるこのわれわれの世界が、そのあらゆる太陽や銀河を含めて、無なのである。これこそ仏教徒のいう般若波羅蜜なのではないか。認識の彼岸に到達した世界意志なのではないか。

「我々が意志を否定すれば、我々は無になってしまうではないか!」と。無とは相対的な概念なのではないだろうか?有と無とはお互いに相対的な概念であって、絶対的な「無」という概念などないのではなかろうか?

一般的に人が「有」だと考えているのは、表面的な、表象としての世界に過ぎない。しかし、その「鏡」は、我々が意志を否定した瞬間、砕け散ってしまうだろう。しかし、意志を否定した我々にとっては、「無」によって保障された安静こそが「有」であり、意志の肯定の世界に戻ることは、その安静が失われ「無」に帰す恐ろしいことなのである。

その安静の聖境は忘我とも、恍惚とも、有頂天とも、悟りを開くとも、神と合一するとも言われてきた。

我々が意志を転換し終えた暁には、この太陽や銀河こそが無であり、静寂こそが真の世界となることだろう。

彼らが死に至るとき、それはあらかじめ準備されていたかのようである。すでに意志は鎮静され、その残り火が消えるかのように彼らは死んでいった。私は彼らの人生が羨ましくてしょうがない。

意志の否定の先にある世界では、我々は動機から解放される。意欲が無いからである。意欲が無くなると、我々の性格までもがひっくり返ったように感じられる。これが教会の言う「再生」、「恩寵」の力である。

聖者たちの生活は、禁欲に始まる。彼らにとって禁欲と貧困は、修行のためにそうするのではなく、積極的に求められる目的である。意志の否定こそが目的であるのだ。

認識主観である人類が消滅すれば、この世界が消滅したに等しい。なぜなら、世界は表象であり、主観のないところに表象は無いからである。

意志の否定を行う人の肉体は健全であり、生殖器を通じて性的衝動を表明してはいても、もはや新しい命を生み出そうとは思わない。自発的な純潔こそ、救済の第一歩である。世界中がこのような人ばかりになれば、人類は滅びてしまうだろう。それでよいのだ。

主観が客観を映し出す単なる鏡である状態で唯一つの直感像だけが意識を占有した状態である。この直感像がイデアである。このように、人はイデアを認識する。

この状態では、認識行為と主観は同化しているから、イデアは意志が直観されたものでもある。この状態にある、没入した主観は、もはや時間も個体性も苦痛も失っている。この状態の主観を、純粋認識主観と呼ぶ。

上村松篁の右脳体験

昭和二十八年の夏、私は不思議な体験をした。満五十一歳を目前にして、初めて「自然の本体」に触れ、「自然の声」を聞くことができ
たのである。奈良・平城の画室から四,五百メートル下におりた村道のわきに里芋の畑があった。私は一ヶ月ほど前から毎日、その畑へ通って朝から晩まで大きな芋の葉を写生していた。

里芋の葉は形が単純なのに描くのは意外に難しいが、同じ所で一ヶ月も写生し続けていると目が洗練されてくる。夾雑物が取り払われて、
エキスだけが見えてくるようになる。邪魔なものは何も見えず、芋の葉の「美の構成」だけがピチッと見え始めた七月のある日のことだ。カンカン照りだったその日も朝から芋畑の中に三脚をすえ、腰かけながら芋の葉をあかず写生した。「もうこれで十分写生できたなあ」と思って腕時計を見ると午後四時である。日没までにはたっぷり時間もあるし、まだ帰るには早すぎる。芋の葉のどこを見ても美しく感じられ、楽しいものだから再び写生を続けた。

そうしているうちに、かなり離れた所からサラサラ流れる水の音が聞こえてきた。日照り続きだったので農家の人が水路の堰から畑に水
を入れているのかと思った。ところが、その水音はだんだん大きくなり、こちらに近づいてくるように聞こえるのに、実際に里芋の畑にま
で水が流れてくる様子は全く見えない。

やがて、海の風のように量感のある風が吹いてきた。分厚い感じの風でる。汗のにじんだシャツのボタンをはずし、その風を胸に受けな
がら写生しているうちに、気が遠くなっていった。その時、夢うつつのうちに聞こえてきた水の音は、ザーッという風と波の音がまじった
ような大きな音になり、私の体を包み込んだ。その忘我の状態が二十分ぐらい続いていただろうか。ふと気がつくと私は芋の葉に向かって腰かけたまま合掌していた。心から「ありがたいなあ」という気持ちが湧いてきて、涙が流れた。今の今まで四十年近く絵の勉強にはげみ続けてきたのは、この境地にめぐりあうためだったのか――そんな満足感もあった。

ありがたくて、うれしくて、わくわくしながら私は三脚をたたんで脇にはさみ、村道を上がって家に帰った。まるで恋人に出会ったよう
な喜びに心を躍らせて、その道を歩いたのだ。なぜ、あんなにうれしかったのだろう、と考えてみた。自然の生命がわかった喜び、自然の本体に触れた感動ではないかと思った。「実在を知った喜び」とも「霊気に触れた感動」とも言えるだろう。体を包み込んだあの海鳴りのような音は、私を忘我の恍惚境に導く「自然の声」だったのに違いない、と自分では考えている。

奈良の丘陵のふもとにある芋畑での体験である。本当の海鳴りが聞こえたり、海の風が届いたりするわけがない。とにかく不思議な現象
で、言葉ではうまく表現できないが、私はあの時、確かに自然の本体、実在に触れたのだ。

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