母の弟である叔父が急逝しました。。
叔父はピアノの調律師を生業としていました。
音楽が物凄く好きで、色んな楽器も触り、作曲も打ち込みもし、とにかく音楽に関しては熱い人でした。
それ以外にも手品やテニスも好きで、ほんとに多趣味で手先が器用で。
子供のころ、お正月に顔を出してくれては手品の道具を何かしらあたしたち妹弟にお年玉と一緒に持ってきてくれたり。
手品に関してはプロもうなるほどの腕前だったみたいで。
沢山可愛がってくれました。
今再熱してるルービックキューブのコツを教えてくれたのも叔父でした。
お陰で今も6面を揃えられるあたしです(*´艸`*)
そしてあたしが音楽の道に進み始めてからは、とにかく厳しい言葉しかもらったことが無くて…。
いつ話しても言葉は辛辣で…。
叔父と話した後はいつもしばらく泣き崩れてしまうくらい。
そんな叔父にいつか「雅美もなかなかやるじゃん!」「頑張ったな!」
そう言われたいってずっとずっと思っていました。
だからその言葉を耳にすることなく叔父が旅立ってしまったことがとても残念です。。
叔父は長らく糖尿病を患っていて、自らインスリンを打たなければいけない日々を何十年も続けてきました。
でも、その病気とも本当に仲良く上手に付き合ってきて、自己管理を徹底して過ごしていた、まさしく患者の鏡のような人。
その叔父の…多分寿命だったんでしょうね。。
突然の訃報が飛び込んできて、本当に驚いたしショックだったし、近々会いに行こうかなと思ってたので余計に残念で。
母が伯母が上京し、叔父の奥さんと合流し、決まった葬儀はこの連休の日月でした。
二日間ともとてもきれいな青空で、携わってくださった葬儀のスタッフの皆様が本当に温かく、優しく丁寧で心がこもっているのが凄く伝わってくるようなお仕事ぶりで。
叔父もとっても気持ちよく旅立っていったんじゃないかと心から思える二日間でした。
とても安心した顔をしているようにも思えました。
叔父を見送った後の会食で、奥さん方の甥っ子姪っ子さん(叔父夫婦には子供がいなかったんですが、もしいたとしたらハトコにあたるんですよね)ともお話をさせていただいていて…。
そしたら叔父があたしのCDを(どのCDなのかがわからないんですけどw)嬉しそうに配ってくれていたとか。
それを聞いてこらえてた物があふれ出してしまいました。。
認めてくれていたのかどうか、本当のところは正直わかりませんが、あたしの活躍を喜んでいてくれたことが分かっただけで救われたような気がしました。
ほんとは兄ちゃん(叔父だけど、兄ちゃんと呼ばされてましたww)の口から聞きたかったんだけどな・・・^^;
でも最後に応援してくれていたことが分かっただけでも本当に良かった。
病気と共存しながらも好きなことを全力で楽しんだ叔父。
もっと早くに会いに行かなくてごめんね・・・。
沢山ゆっくりしてね。そして好きなことを向こうでも沢山全力で楽しんでねo(^-^)o
いっぱいありがとね(人`*)
そしてこれからもしっかり応援しててよね!!

叔父を見送った朝の空。
ほんとに綺麗な空でした☆









