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僕は知らない寺山修司NO.113⇒市街劇「人力飛行機ソロモン 松山篇」

2008-12-08 | 寺山修司
この市街劇をみてから、かなりの日数が経ってしまっていますが、この市街劇の前に続けて歌舞伎、泉鏡花の朗読と観て来てそれに関する記事を、ボクの個人的な気持ちで週間単位で書いていきたいという想いがあり、記事のアップが遅くなってしまいました。以下の文章は市街劇を見た夜にホテルで書いたものです。ですから市街劇の生々しさが残っています。

市街劇「人力飛行機ソロモン 松山篇」

■日時:2008年11月24日(月)、12:00~
■劇場:松山市市内各所
■言語:寺山修司
■総指揮・演出・音楽:J・A・シーザー
■搭乗員:下馬二五七、蘭妖子、岡庭秀之、竹林加寿子、万有引力、月蝕歌劇団、他

“天井桟敷の演劇にとって『劇場』を論じることは『都市』を論じることである。出会いの偶然性をイマジネーションによって組織してゆこうとするとき、その『場』とそての市街―何でもない市街の日常現実の中に『劇』を持ち込み、そのことによって街路を劇場に変えてしまう革命兵士か、魔法使い。”とは、寺山修司の言葉である。

  

伝説のといったらいいのか、街が劇場となって同時多発的に演劇が発生する寺山修司の市街劇。かつてそれが上演された時、逮捕者が出たとか出ないとか。ボクにとっては、それについてはいろいろな所で書かれ残された文字でしか知りうることができない。そしてその文字は過激で、挑発的、思想的に綴られているのだ。その市街劇が愛媛県の松山市で復活するという。以前も東北の地、青森で1日だけの天井桟敷として復活したことがあると、それもやはり書物から知った情報としての市街劇だった。

  

今年は寺山修司の没後25年で、今年の春、ボクは青森県立美術館で開催された大規模な寺山修司展見るべくそれにあわせて、三沢の寺山修司記念館や映画「田園に死す」の舞台となった恐山などを回った。そして今、青森とは反対の南の地、松山で市街劇「人力飛行機ソロモン」が上演されるという。なぜ松山なのかよくわからないが、寺山のコンセプトに基づいた市街劇は、今後上演される機会は滅多にないだろうなと、我儘言って(妻に)松山に行くことを決めた。(見たい芝居のためにがその理由、先週の坂東玉三郎による朗読「天守物語」の宇都宮よりはるかに遠いボクのカワイイ?道楽??)

  

朝、東京を出て松山に、正午につく。メインの商店街ではオープニングが始まっていた。それを見ながら、慌てて昼食、そして市役所に駆け足で地図をもらいにいく。そこからは地図を片手に市内各所で多発するパフォーマンスを見てまわる。とにかく歩いた。そして思ったこと。街の中で同時多発的におこる演劇の時間。ボクのように、あらかじめチケットを購入して徘徊する観客は、実はそれが発生する地図を事前に(それも時間も記載してあるので)持っているため、そこで起こることな突発的な出来事ではなくなっているのである。あるいはそこで見るための道標があるのだ。それはもしかしたらあらかじめ予定された時間の側面もあると思い始めた。この感覚はこの市街劇を見て体感したことだ。演じる側にとっては仕込んだ時間、見る側にとっては仕組まれた予定調和の時間かもしれないと。

  

その均衡を突き破るのは、そのことをまったく知らない、およそ演劇とか芸術など眼中にない一般市民こそ、実はそのハプニング的な要素を享受できるののではないかと思った。そうはいいながら、もしかしたら、何かやっているな…で片付けられてしまうのかもしれないのですが。そんな屁理屈を思いながらも市街において、ハプニング的な演劇が始まるのは新鮮だった。街ぐるみのそういった経験は初めてであったから。その時点で劇場の存在とは、を考えてしまうのは寺山の手の内にはまっているのかもしれない。しかし人は勝手なもので、制約という条件を越えていろいろ思い始めるのだ。多発する場所で何をどこまでできるのかが、やはりそこが問われるのだろう。そこを突き詰めていくと犯罪スレスレの領域に踏み込んでいかねばならない。そういったことを想いながら、寺山の考えたこと、上に書いた理論などがいかに凄いことで第一歩だったことがわかってくる。見ていて価値観の転倒はなかった。むしろ、観光地を巡るようにひたすら多発するパフォーマンスを見ていたのである。そう言えば、寺山が1970年新宿で仕掛けた時の制作を担当していた九條映子が、観客として参加していた。40年近く前は仕掛ける側、そして今は観客の側、彼女はどう観ていたのだろう?

  

最後は市民会館へと集まれとの指示だった。そこで各地に散らばった観客は1ケ所に集まることになる。そして、しばし止んでいた雨がまた降り始める。入館してステージの上ではパフォーマンスが始まる。それまで市街の各地に離散していた役者たちが勢揃いしているからかなりの人数がいて迫力はある。そして気がつくのは白塗りをした若い観客もチラホラ見ることができること。寺山の残された言葉に共鳴したのだろう。彼らを含め舞台からのやるせないセンチメンタルで過激なアジテーションに松山の観客はどんなことを想っているのいだろうか。

  

そして舞台の終わりは役者が声をかけて、観客は舞台へと上がることとなり記念撮影をする(万有引力的?)。それで終わりかと思いきや導線は広場に向かっていた。そこでは雨が降りしきるなか、あのボクの胸をグサリと掴む何度か聞いた寺山の言葉とシーザーの音楽が鳴り響いた。しかし雨のためか、機器の調子が悪かったのか、役者の声は途絶え途絶え。これではせっかくの部分がと。観客は傘をさして見ているが役者はびしょ濡れだ。相当に寒いから役者の体は真底冷えているに違いない。人々に囲まれた照明で照らされた空間には人力飛行機がある。エンディングに期待するも、残念ながら人力飛行機はそのまま形をとどめて、そこにあるだけだった。炎上するんじゃなかったのか?雨のため?役所の都合?理由はいい、とにかく、残念だった。雨の中だからこそ炎上して欲しかった。カタストロフィが欲しかった。そうすれば、最後は大いに盛り上がったのに…。

                 

市街劇を見るため散々歩いた。そして体も冷えたので、そのまま伊予電に飛び乗り道後温泉に向かったのだった。ボクは叙情あふるる道後温泉の湯船で以上のことを想ったのである。(11月24日夜記す)

     ◇     ◇     ◇     ◇

そして翌日、ホテルにて地元紙を購入。ソロモンに関する記事が掲載されていました。
 
     2008年11月25日愛媛新聞

こちらはオランダで上演された天井桟敷の市街劇。最後に人力飛行機が燃える。

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