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飾釦(かざりぼたん)とは意匠を施されたお洒落な釦。生活に飾釦をと、もがきつつも綴るブログです。

鏡花幻想譚への接近#44・・・演劇倶楽部『座』公演「歌行燈」

2009-01-27 | 泉鏡花
■日時:2009年1月25日(日)、15:00~
■劇場:東京芸術劇場・小ホール1
■作:泉鏡花
■構成・演出:壤晴彦
■音楽:中村明一
■出演:壤晴彦、内山森彦、真船道朗、中野壽年、高山春夫、高野力哉、相沢まどか、他

昨日記事としてアップした江戸川乱歩原作の芝居「陰獣」とは一転、志向性も方法論も違うと思われる演劇倶楽部『座』による泉鏡花原作「歌行燈」の公演を池袋の東京芸術劇場で観ました。以前にも書いたように泉鏡花の「歌行燈」は、話が時間的な流れも含めて複雑に交互クロスしている上、書かれている言葉も今では使われていないものが多かったり、当時の文化や世相など知らないことがあったりと。あるいは能や膝栗毛の知識が要求されるなど、正直ボクのレベルでは読みこなすのが難しくてよくその内容を理解できなかったものでありました。

今回観た演劇倶楽部『座』は“詠み芝居”とあるように、原作となる小説を役者の演技とともに朗読を交えながら構成していったものでした。朗読と書くとシンプルな…、とイメージされそうですが舞台装置や照明などもしっかりしたれっきとした“演劇”であります。むしろ小説を巧みな表現で視覚化していった試みといった方がよいでしょうか。ですから舞台上のパフォーマンスあくまでは鏡花の小説に則って忠実に原文のまま進行していきます。そしてそこで繰り広げられるは鏡花の小説の微細な部分に渡たるところまで丁寧に表現<つまり演技されていたのです。

これは一種新鮮な体験でありました。先日観た花組芝居による同じ鏡花の「夜叉ケ池」、こちらは原作に概ね忠実ながらも演出は大胆な解釈を施していました。花組芝居に限らず、原作がある場合、何かに見立てて新解釈の演出というのはよくあることなのですが、真っ向正面から取組むのは、逆に大胆と云うか新鮮な印象を受けたのであります。観客は比較的年配者が多かったのですが、若い演劇人がこのお芝居を観たらどう感じるのだろうか、そんなことを思いました。

どこまで原作の世界を読み込んで表現できるのか?もしかしたら演出家の力量が問われる大切なところなのではないか、そのようにも考えました。先に書いたように、ボク自身は読み込む力が弱いため「歌行燈」を十分に理解することができませんでした。しかし、今回このお芝居を観てようやく「歌行燈」の世界の入口に立てた、そんな風に思えたのであります。こんなにも面白い話だったのか、こんなにも切ない話だったのかと頷くことしきりでした。演出の壤晴彦の力量にはびっくり、感服しました。さすが長年この世界でやってきた方だと。持っている底力が違うなと。もう一度鏡花の原作を読みたくなった、そのように思わさせてくれた力ある舞台でありました。

もつ一つ書いて置きたいことはゲストとして出演した尺八演奏家の中村明一であります。要所要所に織り込まれる尺八は、所謂伝統的な音のみならずテーマを盛り込ませた和洋折衷のもの。そして終盤近く彼の独演部分があるのですが、循環呼吸法によって奏でる虚無僧の音は、幾層にも音が奏でられその音が自体が切れることがないのであります。(循環呼吸とは息を吸う、息を吐くという呼吸行為を同時に行う方法で簡単にできるものではない)中村を知らない観客は、おそらく彼の演奏を聴いて驚いたに違いない。劇途中ながら彼の演奏に対して拍手が起こりました。

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