吉松真幸のボランティア報告書

鹿児島在住、吉松真幸(仮)の東日本大震災ボランティアレポート ボランティアから帰っても、他の形の被災地支援を模索中。

これをきっかけに、ガソリンと電気に頼りすぎない生活を始めた

2011-04-17 09:05:36 | 備え
今回の震災で露わになったのは、現代の日本の社会が、いかにガソリンなど燃油と、電気に頼りすぎていたか、だ。

そしてボランティア活動を通して、身をもって認識した事。
ひとつが、最終的に頼りになるのは自分の足、という事。
もうひとつが、いざとなれば1日あたり乾電池6本分の電力で、1週間以上暮らすことができる、という事。

石巻に着いた当日、ボランティアセンターに行くにも、市内のバス路線は完全に復旧していなかったから、重い荷物を背負って、徒歩で向かった。

ボランティア活動中も、自由に使える車があるわけではなかった。
たとえ車が自由に使えたとしても、道は大渋滞で、使うどころではなかった。
現地の拠点までバスかトラックで向かい、あとは歩きが移動手段だった。
一度、一日の活動を終えて帰ろうとしたとき、なかなか迎えのバスは来ないし、動かないでいると寒かったりしたから、現地の拠点からボランティアセンターまで、数キロの道のりを歩いて帰ったこともある。

被災地でなくても、震災直後の運転見合わせや、計画停電による運休で、大勢の通勤客が徒歩での移動を余儀なくされていた。


電気についていえば、アルカリ乾電池を1日に4~6本使って携帯電話を充電し、このブログを更新したり、天気予報やニュースをチェックした。
充電に使った後の電池はまだ懐中電灯の電源としては十分使えたし、懐中電灯にも使えなくなったら、ラジオに使えた。

ラジオでは、ニュースや情報番組、音楽を聞いたりした。
4月に入ってからは、バラエティー番組も多く放送されるようになって、ラジオ番組って結構面白いなと、暗いテントの中で横になって聞きながら思った。

ボランティア活動を終えて、被災地から離れた時、夜になっても煌々と明るい街に、まるで別世界に来たような違和感を感じてしまった。


鹿児島に帰ってから、不必要な電気は使わないことにした。
この夏は、できるだけクーラーを使わないで過ごそうとも思っている。

車も、できる限り使わなくなった。
たった1キロ先の会社に行ったり、1.5キロ先のスーパーに行ったりする場合は、自転車を使うようにしている。

このような生活に馴染んでしまうと、いかに今までの生活が、無駄遣いの上に成り立っていたかが、よく分かる。


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