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2018年の総裁選から20年前の1998年の総裁選。

2018-12-03 23:33:21 | 国内国際情勢
長年自民党総裁選は党内の最大派閥から総裁候補が出馬して議員投票を経て党総裁になる事が慣行となっていた。

党内の議員投票とは言っても形式的なものに過ぎず、開票されなくても数の原理から誰が勝つかは事前に解って

しまうような形式的なデキレースだった。しかしこの慣行を破ってでも梶山静六は自民党の総裁になり総理大臣に

なろうと立候補を決意した。当時それは党内外を問わず誰の目からも身勝手な言動のように思われ批判された。


橋本龍太郎内閣の退陣後の1998年7月の総裁選で自民党最大派閥の小渕派から出馬の小渕恵三が無投票で総裁に

選ばれ、そのまま総理大臣になる事は、これまでの総裁選から考えたならば殆んど間違いないと思われていたが、

これに梶山は1人反発し身内の小渕派を離脱して自ら総裁選に無派閥で立候補した。派閥を抜けた時は総裁選へ

立候補するなどとは言っても誰も耳を貸さなかったし総裁選への出馬は小渕批判の売り文句のような戯言で察する

に小渕と不仲を拗らせた“老人の騒動”だと馬鹿にされていた。しかし小渕だけは梶山との不仲に思い当たる節も

無く梶山の総裁選出馬は本気だと受け止めていた。そして他の人にも梶山の本気さが徐々に認識され始め自民党の

歴史さえも変えた総裁選と評価されるまでになろうとしていた。


それでもまだまだ梶山の出馬は派閥や党への造反よりも前に子供染みたワガママだと非難もありボロクソになって

敗れるだろうと予想されていた。出馬を理解している人からも前の参議選挙で大敗し橋本総理が引責辞任をしたが

再び同じ派閥から総理大臣が出る原因を平研(小渕派)の派閥による数の原理による政治にあると見て党内の派閥政

治に一石を投じることが目的ではないかと勝手な推測や評論を言われていたが、そんなことに本人はお構い無しで

至って本気で総裁選に出馬するからには小渕恵三と闘い勝利し総理大臣になる気満々でした。彼は理由あってどうし

ても総理大臣にならなくてはいけない使命感を感じていた。


90年代後半問題とされていたバブル崩壊後の経済や財政政策に別に不満があった訳でも無く不良債権の解消に異議が

あった訳でも無い。政策は小渕候補とは別の色を出す為に対抗馬として逆張りをして違いをハッキリさせた。経済政

策の是非による表一色の総裁選の裏側には原発に関する伏線があると思われる。これはあくまでも個人的な意見ですが、

梶山は茨城県出身の政治家でこの総裁選の前年の1997年に地元茨城県東海村の動燃科学工場で爆破火災が起こり多く

の生命や財産が奪われた事に対して強い憤りと疑念を抱いていた。梶山は事件を解決するためには自分が最高権力者

の総理大臣になり事件を解決する目的があった。原発推進が大前提で大基本の自民党にとっては無謀過ぎる方向転換

に場合によっては党が転覆しても不思議では無い舵取りとち密な調査が求められ、とても総裁選で公言できるような

内容では無い腹心があったと思われる。言えば陰謀論に振り回された荒唐無稽な被害妄想と呼ばれたかもしれない。

3.11震災後の今でさえ反原発を訴える難しさをつくづく考えさせられるのだが、10年以上も前に1人の政治家が身の

保障も無く本分を隠したうえで政治的なアクションを起そうとしていた事に驚きを覚える。


梶山の総裁選への挑戦は予想以上の大きな動きとなり政界の新しい風になっていた。派閥による数の原理の優位性

は有れども絶対的なモノでは無くなり、派閥の結束を超えるものがあれば他の派閥でも尊重する事が可能となり世間

の梶山に対する評価は一転した。ダメかもしれないけど一度梶山に賭けてみたい。梶山の心意気だけは伝わってくる。

などの期待する声も出て来た。予想以上に勢力を伸ばしてくる対抗馬に黙って見ている訳には行かず、旧経世会・小

渕派の竹下登は派閥を分離させた梶山に賛同加担する新勢力を分散させる為に三塚派から小泉純一郎を第3の候補者と

して立てたが、本当は三塚派の清和会が小渕派から始まった勢力争いに巻き込む形で三塚派の議員を吸収して更に大き

い新しい派閥に生まれ変わる事を警戒したのだと思う。三塚派がこの機会に小渕派の独走に待ったをかける為の梶山支

持ではなく、新しい流れに乗り遅れない為にも本腰を入れて総裁選へ立候補する目的で小泉純一郎を出した事は結果論

からもその後の清和会の活躍からも正しかったと思われる。


“本命の小渕”に“乱世の梶山”と“清和の小泉”の三者三様な自民党総裁選は田中真紀子からは凡人軍人変人と呼

ばれ、バブル崩壊後の経済状況は竹下を中心とした経世会による古い政治体質からの一新を求めており、最もそのニー

ズに応える事の出来る候補者が票を伸ばすだろうと見られていたが、結局は何でもない本命の小渕が勝利した。台風の

目になった梶山静六は大健闘も空しく敢え無く小渕に次ぐ2位に甘んじた。 その後、清和会から総理大臣になる小泉純

一郎は最下位の3位だった。2000年代の新自由主義で大躍進をする清和会からすると大変非常に価値のある3位だった。



安倍晋三が三選を果たし自民党総裁の座を保持した2018年の自民党総裁選は無派閥だった石破茂が自らの派閥を構え更

には竹下派の応援を受けながらも清和会の安倍晋三総理の立場を揺るがす事さえ敵わなかった。決して石破は健闘した

とは言えず、地方票などは所詮は地方票でしかなく議員票で圧倒的に弱かった石破茂に本質的な意味で総理総裁の座は無

いものと解釈することが妥当だと思う。 いやむしろなぜ出馬したかの根本的な問題の方が結果よりも大きい意味を持つ。


1998年の総裁選から20年の歳月を経て安倍晋三の清和会と竹下亘の平研会では全く立場が逆転してしまった。

20年前平研会(旧経世会)は新しい風を起こすことには成功したが風に乗る事は出来ず、そして未だに風に乗れていない。

そればかりか自らの派閥から候補者を出すことさえも出来ずに他の派閥の候補者を支持する立場の派閥になってしまった。

弱体化もここまで来ると派閥を解消した方が良いと思えるまで進んでいる。 20年前の三塚派時代の清和会が拒んだ他の

派閥の候補者の支持を易々と請け負うような今の竹下派平研会(旧経世会)は栄枯盛衰に悲しき鶏口牛後。総理総裁の候補者を

出すことが出来なければいつまでも派閥を取り戻せないだろう。それにしても石破茂って奴は実に下らない。














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