風のたより 道を尋ねて

世界の阿蘇 熊本・九州から始まる 水と緑 環境の世紀

           

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

謹賀新年 2018

2018-01-06 | 想うこと
あけましておめでとうございます。

年末お正月には大掃除をすまし、あとはどこに出かけることもなく家におりました。

我が家ではテレビは普段しまい込んで見ないのですが、2.3年前より年末年始のみ子供優先メニューを時間割指定という条件でメリハリを付けて鑑賞しています。まあ、ところどころでは私も楽しみはしましたが、番組内容は全般とても3日以上見続けるというようなものではありません。メディアの作り上げるイメージ世界ともまた、それが世間一般のありようとも言えましょうか・・・・


ともかくも、やはり「切替え締めくくり」の「間」を持つことはいいことですね。 一年の計は元旦にあり。


昨年も益々時の流れが早く感じられ、振り返ると災害も含め自然現象や国内外の有事など、いづれも誰にも明確な打開方策など提示出来ないそんな様相。

そういう「時」ですから私も「振り返りと模索」でいろいろ思考いたしました。

もちろん単純に「こうだ」とは言い切れないながらも、私の感慨、立ち位置、基本線は今年も変わらない、これでいいと思えておるのでした。

新しい時代の「萌芽」は見えている、でもまったく油断できない、むしろ「危機感危機意識」を持たざるを得ない。

しかしあくまでとどまる。 家庭と地域仕事場が基本ステージ。 実践と現場。 経験と年月。 

大事なことは乱れないこと、いついかなる時も「機嫌」がよいこと、そのようであれること。 心と体双方に!!!

いいか悪いか! 白か黒か!? はここにいたってわからない。 どんなに回転よく理路整然と正論を述べたとてそれが怒りと苛立ち、妬みの情念から発するなら、そこにはかえって自らも周囲にもいい影響はおろか、益々の衝突的エネルギーを生み出すこととなるでしょう。

だから、「機嫌がいいこと」。それが自分にかせられ、自分に出来る、大事なこと。    
                                                   今年もよろしくお願いいたします。
                       

                                                                   
コメント

シンプル

2017-11-04 | 想うこと
熊本大震災の直前から私は、どうにもならぬ!!ある事情から「意に反して」取得に至ったキャンピングカー(併設:接客・事務所・書斎)暮らしをしている。



主屋は村営住宅にずーとお世話になってきた。20年。

移住当初は誰もが願う「理想の家」をイメージしたのだが・・・。

しかし、結果として今言えることは「これでよかった」「ベストセレクト」。

   



何故?細かい説明は抜きにしてとにかく「快適・満足」。

気付いてみると、自己の所有物はキャンプカーのみ、家も畑も何もいまだ借り物のみ。しかし、益々この村に住み着いてしまった感のある我が家(家内、子供2人)。



「人生は願いのとおりにならない、心のとおりになってくる」



「心」とは。それこそは自分のものであるのだろうけれど、これがなかなかに・・・。


出てきた結果はまたその人のもの。個人も集団(国)も人の心の寄せ集め。



「結果」には自らの「腹」に据えて行くより他にない。

コメント

年の瀬に想う 2016

2016-12-30 | 想うこと
いよいよ年の瀬です。今更ながら一年には今日明日と本当にいろいろのことが起こります。私達はそんな時代を身をもって体現の時代を生きています。

まさに鴨長明「方丈記」です。

「行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。世の中にある人とすみかと、またかくの如し。
・・・・ あるは大家ほろびて小家となる。住む人もこれにおなじ。所もかはらず、人も多かれど、いにしへ見し人は、二三十人が中に、わづかにひとりふたりなり。・・・」

過去記事より http://kazu5244.otemo-yan.net/e457841.html <万年のサイクル> 2011年04月07日



一年の締めくくり。切り替え、けじめ。形だけれど形でない。モノゴトは常に生成、進展変化する。一年の終わりには、普段意識の行き渡らない部屋などを掃除、そうして今年を自分を振り返る。「大掃除」、決まり事、形式のことであるようでそうとも言い切れない。

今日のように常に慌ただしく追われる時代だからこそ、そんなとっつきの悪さにめげず、やってみると不思議に心が和み落ち着く。 毎年のこと。

同じ心持ちは、毎日の朝起きにも通ず。
仕事のあるなしに関係なく朝は4時遅くとも5時に起きる。特に寒い時期には今日くらいはいいかなどと思う。しかし起きる。そして、「先祖と今あることへの感謝」から始める。すると、やはり「今日も一日と気持ちに張りが出る」。
一日にはいろいろある、寝床に入る際には何とはなしに憂鬱な気分のことしばし。
そしてまた新たな朝にリフレッシュ。こうして今日一日、今年一年を一つ一つ受け止めていく。


あ~人生。今も昔も悠久の時を超え変わらない。「心」こそ我がもの、「魂」としての我ら存在。


皆様、今年もお世話になりました。
よき年をお迎えください。


           「クスノキ」 福山雅治:作詞作曲
                                       長崎原爆にも耐え生きた楠
         

コメント

嘗てなき試練の時

2016-10-15 | 時事




     <2012年7月の空前のゲリラ豪雨。 それは、土砂崩れといったレベルではなく、もはや「山津波」であった>

熊本・阿蘇と言うと移住以前(19年前)の私など恥ずかしながら、阿蘇?世界一のカルデラ。九州のどこ?熊本?鹿児島?くらいのことでした。 
2012年のゲリラ豪雨(山津波)に始まり、今度の大震災、さらに阿蘇山の噴火と未曽有の「災害」で全国に熊本阿蘇の名の上がることが多くなり、私の住む「産山村」もほんの小さな村ながら、ニュースなどで聞かされることもしばしば。
おそらく傍から見ていても気の毒になるほど、これでもかこれでもかと災難の大きいのが続く。
そのたびに友人・知人からお見舞いの連絡を頂くことが恒例のようにさえ思われるほど。
個人の状況に程度の差こそあれ、全体としてこの実体験(災難)の連続は人々にどのような内的、心的、精神的変化をもたらしているのだろう?
あの東北震災では、日本人全体に何か大きな内的変化を引き起こしていることは間違いなかろう。しかし付随する原発事故など「未知」の領域での事態進行中のただ中にあり、これも後世になりそこでの時代と人々の意識がどう変わったかが検証されることと思う。
       

       

       

       <2016年4月の大地震。 阿蘇神社が倒壊、阿蘇大橋の姿が消えた!!


「しかたがない」という微妙なニュアンスは他言語、特に英語には見当たらないとも言う。
それは受取様により
① 「どうでもいい」という投げやりな態度ともとれるし、②前向きに事態(大自然の運行:現実)を受け止め「善処」する風にも捉えられる。日本語の「難しさ」、「奥深さ」、「あいまいさ」というところ。これはそのまま「日本人」気質として置き換えることも出来る。①のパターンは自己退廃的(内面の劣化)で自滅タイプ。②は自己内面の変革から飛躍への可能性へ向かう。
また、①でも②でもない道もある。「考えないようにする」である。割り切ってしまう。なかったことにするのである。迷いなき「楽観主義」で一見よさそうだが、これは実際には「現実逃避」に過ぎず、自己と将来に大きな禍根を残すことになるが、当座は自己が救われた格好(らく)になり得。ある種の自己防衛本能で、訓練?することでそのような境地?になれる。バブル期の経済活動「イケイケどんどん」がその典型例。先の大戦時における軍部・マスコミ・群衆心理も「究極の場面」としてそうであったと思われる。結果は①と同じになる。行き詰まり。
今熊本、阿蘇で起きていることは、日本人がどの「道」を往くのか?どうもその嘗てなき試練としての「魁」を体現させられているとものと思えてくる。







       <2016年10月 阿蘇山噴火  明らかに火山活動が活発の傾向にある>
      
コメント

エネルギーの地域循環へ

2016-08-09 | 阿蘇プロジェクト

福岡豊前市にある小さな町工場風の建物。 それが「加来野制作所」。

社長の加来野さんは長年、大手企業間での金型溶接など高度な特許技術を担い続けてきましたが、自己の技術を直接的に地域の一次産業に役立てたいと、その「超一級の技術」を独自製品として開発を続けてきました。

いくつかの成果の中で今回視察確認させていただいたのは、「小型簡易ボイラー」。

         
これは燃料に木質チップを使用、従来型のモノと違い「燃焼」させるのではなく「熱分解」という現象によります。釜の内部では350℃程度の熱を発していますが、そこに微量の特殊強力磁石を潜らせた空気を送り込みます。そこで起こる化学反応が「熱分解」。

二酸化炭素を発生せず、従来の燃焼ボイラーに比し、燃料が20分の1を実現。 分解過程に排出される灰は「磁性灰」といいまして磁気を帯びており、第三機関の分析結果からレアメタルと判定されています。

         

         


さらに、このボイラーは「生ゴミ」をも燃料とすることが出来ます。この日の稼働では生ゴミ3kと木質チップ3kを燃料に所用時間1時間で、200Lのお湯(70℃)を得ることが出来ました。 木質チップのみですと100℃のお湯を確保できます。
(同種の大型タイプのボイラーでは1分間に200Lのお湯を放出可能)

生ゴミはどの地域でもその処理に頭を悩ませている現状があり、またここで試用の木質チップについてもこれまでのボイラーと違い、必要とするチップの量が20分の1程度ですんでしまいす。
つまり森林の乱伐は回避できます。そしてチップの買い取り価格は一般の倍の価格で購入。それでもボイラーのランニングコストは、「チップの量が20分の1」ですみますから、結果破格に安くつくのです。

ここまででもエネルギーの地域自立道筋に大きな可能性となりますが、加来野社長の挑戦はさらに続きます。それはこのボイラーと特殊小型エンジンとの連結組み合わせで、「発電機」の開発も進めている。技術的にはほぼ出来上がっているのです。

循環型地域社会の実現。それには「エネルギーと食」の自活。 

加来野さんの「技術と志」に期待するところ大なのです。
コメント