新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

続・America Insight

2018-10-10 09:07:53 | コラム

お客の代弁をする不届きな日本人社員:

1990年に私が副社長兼事業本部長に願い出て “Japan Insight”と銘打った「日本とアメリカのビジネス社会における文化の違い」の1時間半にも及ぶプリゼンテーションを本部で行った時に、慎重を期して事前に原稿を本社から派遣されて日本駐在の経験が3年を超えた木材部門のマネージャーに見て貰った。彼は「概ねこれで良いが、私ならどうしても追加したい項目がある」と言って教えてくれたのが「お客の代弁をする怪しからん日本人社員」だった。

私は一瞬何のことが解らなかったが、詳細な解説を聞いて納得し「プレゼンテーション中で強調すべき項目」として追加した。私にとっても言わば盲点を突かれたような事柄だった。それは、本社から出張してくる多くのマネージャーたちが最も腹立たしいと怒りを露わにするのが「日本人の社員は何かと言えば『得意先から我が社の申し出に対して此れ此れ然々の反論があった。尤もだと思うので本部では再検討願いたい』というような意見具申を当たり前のようにしてくること。彼らは何処から給与を得ているのかが解っていない」という点であるとの指摘から始まった。

こういう意見具申は我が国でごく当たり前のことだったので、「それで貴方は何にを言いたいのか」と問い質してみた。彼は「これはアメリカでは当たり前のことで来日した連中が怒るのは当然である。アメリカでは会社が決定した方針を如何にして得意先に納得させるかが営業担当者の務めであり実力でもあり、お客様のご意見承って本部に伝えることなどは誰も期待していないし、そうあるべきではないのである」と指摘した。

そして言葉を継いで「私が出張者たちに教えていることは『腹立たしいのは解る。だが、何時までも一方的にお客の声を聞くことを拒んでいては、日本市場の実態も特殊性即ち文化の違いが理解できないのだ。我慢して彼らの言うことを聞こうとして見ろ。その先には必ず日本市場の実態が見えてくるようになるから』だった。連中は最初は抵抗したが徐々に聞くようになって態度が変わって日本市場でのシェアー拡大に役立つようになった」と教えてくれた。

私はここまででも「我が国とアメリカの企業社会の文化の違い」が具体的には見えてこないと思う。私も経験した最も大きな違いの一つが「担当者は何としても如何なる話法を用いても本社乃至は本部が決定した値上げやクレーム等の補償等々の件を関連する得意先に納得させるのが会社から貰っている給与に見合う仕事の最も大事な進め方である。得意先がこのように反論したから再考するか再検討しましょう」などという報告はあってはならないし、受け入れる訳がないのである。

私でさえ「それでは余りに高飛車で傲慢であると思う。ただ単に本部の意向を伝えに来て承服せよと言うだけでは、担当者は単なるお使い奴に過ぎず当事者能力の欠片もないではないか」という非難の声はイヤと言うほど聞かされた。だが、よく考えなくても解ることで「君は何処の誰から月給を貰っているのか。それを支給してくれる先の為に身を粉にして働くのが当然ではないのか」と上司から言われれば、反論の余地がないのだ。

問題はそのお使い奴の地位から如何にして脱却して当事者能力を備えた担当者になれるか、またはなり果せて得意先からの絶大な信用を勝ち得るか否かが、アメリカの会社で如何に働いて結果を残すかの分かれ道である。だが、正直にアメリカ人の上司たちの心中を言えば「はい、解りました。仰せの通りやって見せます」と言う方が「可愛い奴」と高く評価されるのであるし、得意先が何を言おうとシカトしていれば、内部での評価が上がるのである。どの道を選ぶのかは当人が決めれば良いこと。

その時にこの木材の駐在のアメリカ人に教えられた英語での表現は「会社の代弁をする」が “representation of the company to the customer”で、「お客様の代弁をする」は “representation of the customer to the company”だった。私は後者が我が国の企業社会における文化であると思っている。更に、やや後難を恐れて言えば「アメリカの対日輸出が余り成功していない原因の一つに前者の「会社の代弁」のし過ぎがあるのではと考えている。「上意客達」は我が国では受けないと思っている。

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