新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

5月22日 その2 カタカナ語を嫌悪する

2018-05-22 09:18:59 | コラム
「ポリバレント」だって:

「頂門の一針」第4692号に北村維康さんがカタカナ語の濫用を批判されて「私も、英単語を敢て音からではなく、勝手に綴り(?)から決めつけてゐ るやうな片仮名表記のやり方には、それを見る都度、生理的とも言ってよ いほどの不快感に襲はれます。」と述べて下さった。有り難いことだと感謝した。念の為申し上げておけば「私はカタカナ語の使用を嫌悪している」のである。

兎に角、テレビを聞いていれば暇さえあればカタカナ語である。それも偶々学校で習い覚えたのだろう「単語」をローマ字読みか誤読してカタカナ表記するだけならまだしも、誤った使い方が多いのだから救いようもない。そのほんの一例として私が挙げてきたのが「何でもかんでもトラブルで括ってしまう粗雑さ」である。彼らマスコミは「事故」も「故障」も「揉め事」も「心配事」も皆「トラブル」にしてしまうのだ。これなどは簡単な言葉だから未だ良いが、サッカーの西野監督は「ポリバレント」と来たのだった。

私は何度も「そういう単語があるとは心得ているが、20年以上も過ごしたアメリカ人の世界にいて彼らが先ず使うことがないような単語を平気でカタカナ語化して日常的に使ってしまう辺りが怖い」と言ってきた。例としては「コラボレーション」とその短縮形「コラボ」を挙げておいた。これなども聞いた記憶もないし、使うことなど考えたこともなかった。「~と共同で作業する」という意味だと思うが、恐るべき「単語力」だと思うし、我が国の英語教育の華々しくない成果だと思った。

ところで「ポリバレント」である。英語では polyvalent と綴るようだ。私の小さな語彙では「何かの化学用語にあったかな」と思えた程度の単語だ。意味は「多価」か「多機能」という意味だ。そこで、ここでも Wikipediaに依存した。すると、嘗ての全日本代表監督だったイビチャ・オシム氏が Utility player の意味で使った「複数のポジションをこなせるように」のことだと勉強ができた。「それなら西野監督は素直にそう言って下されば良かったのに」と嘆いた。

はこのようなカタカナ語にすれば「何か近代的というか洗練されたような感じを聴衆に与える」と思っている根性が情けないと思う。これも何度も指摘してきたことだが、「単語は単なる部品であり、それをただ思いつくままに並べても完成品、即ち相手に通じるような文章にはならないと知るべし」なのだ。我が国の学校教育では部品を格納する大きな倉庫の作り方は教えているようだが、完成品であるチャンとした文章の作り方は軽視しているようだと経験上も言える。

もう好い加減にカタカナ語の乱用を避けて、まともな日本語で放送するようにして貰いたいし、上に立つ人も妙に英語擬きを使って格好付けるのは辞めた方が良いと、あらためて指摘して終わる。

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