新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

世の中あれやこれや

2019-07-20 08:42:54 | コラム
あれやこれやと気付いたこと:

自動運転:

今や各自動車メーカーは如何にして自動車を自動で運転出来るようにするかと懸命のようである。私は既にコンピュータ化しようと何だろうと機械がやることは当てにならないのではないかという懸念を、PCの経験から表明した。横浜の無人運転のモノレールでも逆走の事故が発生した。だが、今回はそれを言いたいのではない。そもそも自動車と銘打っていながら「自動運転」にしようという発想というのか名前の付けたが面白いと言いたいだけなのだ。自動車をまた自動化しようというのだが、英語でもautomobileだから「その昔に自動車」と訳したのは責められまいと思う。

1999年にミラノで乗ったタクシーがFIATだったので、素直にFabric Italiano Auto Mobile(イタリア語は知らないので記憶から起こした)と表記してあったのを声を出して読んで見たら、運転手さんが「違う、違う」とばかりにFabric Italiano Imobileだと再三再四強調したのだ。そこでイタリア語は理解出来ないままに察したのが「ちっとも動かない車だ」と言いたいのだろうと解釈して、そのユーモアを評価することにした。即ち、余計なお世話だが、これだとFIIATになってしまうのだ。

この世に歌舞伎役者は海老蔵だけか:
テレビの扱いを見ていると、恰も歌舞伎役者は海老蔵しかいないかの如きであるのが、如何にもテレビ局らしい偏り過ぎだと思っている。私流の極論を言えば、海老蔵は奥方が乳がんに冒される悲運で早く失ったが、その悲しさにもめげずに小さな子供2人を立派に育てて舞台にまで立たせていることを常に称え、こちらにもその偉業を共に称えよとでも言いたいような姿勢である。しかも、彼が咽頭炎で声が出なくなったといっては、勧玄君とやらが単独で舞台に立ったことまで称えるのだ。病気になったのは不摂生だと責めないのが彼らの特性だ。私は「無事これ名馬」論者だ。

それはそれで結構だが、そこまでやるのだったら、他の歌舞伎役者の動静も少しは採り上げたらどうかと言いたくなる時もある。彼らの扱いだと海老蔵君は如何にも歌舞伎を背負って立っているかの如き大名優のような扱いだ。だが、誰だったか記憶は定かではないが、歌舞伎評論の専門家が「彼は役者としては未だもう一つ」と言っていたのを聞いた。ま、テレビ局がやることだからここで何のかのと言っても仕方がないか。

大谷翔平君の過剰報道:
兎に角、何処の局でも連日大谷君がヒットを打ったの打たなかったの、ホームランが何本になったのと親切に報じてくれている。私はあそこまで騒ぎ立てる必要があるのかなと疑問に思っている。私は彼は何十年かに一人の逸材である事はズーッと前に認めてあったので、バッター一本に絞らざるを得なかった今シーズンではあれくらい出来ても、カタカナ語にすれば「ニュースバリュー」などないと思っている。張本勲は3割を越えた程度の打率やホームランが10本台では何でもないと決めつけていたではないか。

私は彼らが松井秀喜の活躍を騒いでいた際には「彼は日本を捨てて出ていったのである」との張本の酷評を支持していた。大谷君も自分の職場にアメリカを選んだだけなのである。私は大谷君がホームランが30本で3割5分でも打ったら褒め称えようと思っている。

コンプライアンス、ガバナンス、ガナバビリテイー等々:
カタカナ語排斥論者としては誠に腹立たしいカタカナ語の乱用され方である。だが、最近は少し見方を変えようかとも考えるようになった。それは「法令順守」乃至は「法令遵守」や「統治」か「制御」とか「被統治性」という漢字の熟語が難しすぎて「書けず、読めず」か「理解不能」な連中が増えたという国語教育の至らなさの表れだと解釈するようにしたからだ。何れにせよ、情けない話で、こういうカタカナ語を偉い方まで使われると、聞かされた方はそれを真似てしまうのだと思って見ている。先日も吉本興業の会長は「当社はコンプライアンを重視してきた」と言っていたが、その割には違反者が出た。

宮迫博之が引退:
度重なる写真週刊誌の報道もあって吉本興業が宮迫博之との契約を解除したと報じた際に、多くのスポーツ新聞が「宮迫博之が引退」と報じたのには違和感があった。それは当方の「引退」の受け止め方は「功成り名遂げて身を引く」だったからである。その例としては先日40歳だったかで引退を表明した安美錦が、実に晴れ晴れとした表情で「素晴らしい力士人生だった」だったかとインタビューに答えていたことからも言えると思ったからだ。

「引退」を広辞苑で見れば「官職・地位から退くこと。また現役から退くこと」となっている。宮迫が不祥事を起こして芸人の世界から退くことの何処が引退という表現に値するのかと、スポーツ新聞のデスクに訊いてみたい。彼らは芸人に甘過ぎはしないのかと言いたい。見出しに文字数を節約した気持ちは解らないでもないが、「業界から身を引く」くらいの表現を使うべきだろう。イチロー君や安美錦の引退とはまるで性質が異なるのだから。


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