ロドス島の薔薇

Hic Rhodus, hic saltus.

Hier ist die Rose, hier tanze. 

マスコミの堕落と退廃

2007年06月08日 | 教育・文化

李登輝氏 7日午前、靖国神社を訪問 - 国際

李登輝氏、靖国参拝/中国、一段と反発も

靖国:李登輝前総統が参拝強行へ=朝日新聞

「あるある問題」再発なら電波停止も 総務省、関テレにきょう「警告」

台湾の李登輝前総統、靖国神社を参拝

マスコミの堕落と退廃

靖国神社を毛嫌いするマスコミは、今回の李登輝氏前台湾総統の靖国神社参拝を格好のネタに再三再四、中国共産党政府のちょうちん持ちの役割を果たし、日本国を彼の国に売り渡す仕事をしている。

李登輝氏自身は、「62年前に別れた兄に頭を下げる個人的行為だ」と説明し、神社訪問直前に、記者団にも「政治的、歴史的(行為)と考えないでほしい」と伝えている。

それにもかかわらず、靖国神社を問題にしたいマスコミは、今回の李登輝前総統の個人的な靖国神社参拝を思惑ありげに取り上げ、李登輝氏自身の自由な宗教的行為を擁護するのでもなく、靖国神社をあえて日中が対立する歴史問題の象徴として取り上げ、今回も「中国が一段と反発を強めるのは必至だ」などと書いて、懲りることもなくいかにも中国の靖国批判のちょうちん持ちの役割を果たしている。こうした記者の頭の中には、個人の信教の自由とその価値に思い及ぶ余地もなく、それが祖国を売ることになることについての想像力のかけらもないのだろう。

今日では靖国神社は一宗教法人に過ぎず、そこに参拝するかどうかは、一個人の自由な宗教行為に属する問題となっている。安部晋三首相も記者団に首相官邸で、すでに「私人として来日したと認識している。私人として当然、信仰の自由がある。日本は自由な国だから、その中でご本人が判断をされると思う」と述べ、来日が日中関係に与える影響についても「私はないと思う」と常識的な判断を語っている。

テレビや新聞などのマスコミの腐敗と堕落は今に始まったことではない。特にテレビ業界の腐敗ははなはだしい。先にも関西テレビの「あるある問題」の番組捏造問題で、総務省から電波停止の警告処分を受けたのも当然である。彼らには、民主主義の名を借りて、「言論の自由」などを主張する資格はないと思う。彼らこそ「自由」を名目にして、自由の価値を毀損する最大の張本人だからである。テレビ業界がそのスポンサーをも含めて、もっと自浄努力を働かせる能力がないのなら、規制を受けても仕方がない。

公共からその貴重な放映権を委ねられておりながら、エロとグロの堕落番組を放映して、国民の意識を汚染するとすれば、公共電波を独占的に使用する資格はない。総務省から警告を受けるのも当然である。果たして彼らに「言論の自由」の自由を主張する資格があるだろうか。

NHKをはじめとする今日のテレビ局に、その番組制作能力が著しく劣化してきていることは明らかである。おそらく、それは銀行や社会保険庁などの官公庁の腐敗に共通するように、電波の独占にあぐらをかいて、消費者や視聴者の要求に真摯に応じてこなかったという共通の地盤があると思う。自局の番組制作能力を向上させることを忘れ、韓流・華流などと称して、視聴者に高い受信料を払わせながら、製作する苦労も払うことなく、外国番組を高額の放映料を支払って放送する。日本のテレビ局はいつ外国テレビ局の代理店になったのか。

テレビ業界をはじめとするマスコミの改革は、緊急の重要な課題である。それは単なる道徳論では済まされない。組織や機構、制度の根本的な改革に俟たなければならない。特権的な独占的放映権に、あるいは、現行電波法にあぐらをかいている。銀行や官公庁や農業、土木建設業界のように、独占禁止法によってマスコミ業界にも競争原理が働くようにしないかぎり、意義のある面白い番組に対する視聴者の要求にもこたえきれず、腐敗と堕落も防ぎ得ないというのは、人間の悲しい性なのかも知れない。

   改革のテーマ──テレビ局の改革(1)

   小泉首相の靖国神社参拝

   

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