『(42*36の2)』『岡山の今昔』明治時代の岡山(学制)

2017-08-19 22:21:18 | Weblog

『(42*36の2)』『岡山(美作・備前・備中)の今昔』明治時代の岡山(学制)

近代国家としての学制が動き出したのは、1873年(6年)か1874年(明治7年)くらいになってからのことで、この時期に全国で学校の開設が相次ぐようになっていく。新設というよりは、従来の寺院や町の名士か庄屋などの家屋を借用してのものが多かったのではないか。そして1887年(明治19年)には、小学校令が出され、尋常小学校と高等小学校の2種類となり、尋常小学校については義務教育となる。1891年(明治33年)になると、尋常小学校の授業料が廃止され、家庭や地域が貧乏をしていても、子どもたちを学校に送ることができるようになって、就学率が飛躍的に向上してくる。1899年(明治41年)に又学制改革があり、義務教育が6年に延長され、尋常小学校に高等科の併設が決定される。ついでに後のことに触れると、1941年(昭和41年)になってから、各尋常小学校は国民学校と改称され、日本の初当教育全般が「皇国史観」に染められることになっていく。

(続く)

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