田舎おじさん 札幌を見る!観る!視る!

私の札幌生活も12年目を迎えました。これまでのスタイルを維持しつつ原点回帰も試み、さらなるバージョンアップを目ざします。

緑濃い庭に抱かれて…

2019-10-16 18:55:34 | ボランティア

 今日は私が主宰するボランティアグループの会報「近美を愛するブリリアの会」の発行日だった。ところがネタがない。毎回A4版裏表を埋めることはけっこうな難事である。困った私は、どうでもいいような一文をひねり出し、なんとか発行にこぎつけた。つまらない一文を笑いながら読んでやってください。

       

 

 緑濃い庭に抱かれて… 

 外へ出るとヒヤッとした冷気が身体を包み、一清は冬が近づいていることを感ぜずにはいられなかった。

 この日一清は二つの原稿依頼を抱え呻吟していた。あれこれと考えるのだが良い考えが浮かばない。思い余った一清は戸外をウォーキングしてリフレッシュすることで、アイデアが浮かんでくることをひそかに期待して外へ出たのだった。

 どこへ向かうか当てのない外出だったが、とりあえず近くにある札幌競馬場の庭の緑を見てこようと、競馬場へ向かってウォーキングを開始した。

 札幌都心に近い一清の住居から歩き出した街の様子はどこか取り澄ました表情に見えた。道路も建物も、アスファルトやコンクリートで固められ、道端には街路樹が立っているものの緑が豊かとはとても云えない感じだった。街中にはゴミ一つ、枯葉一つ落ちてはいなかった。しかし一清はその取り澄ました表情にどこか物足りないものを感じていた。

 一清は自らの住居に思いを馳せた。自分たちの住居には緑濃い近代美術館の前庭が目の前にある。そのことの豊かさを改めて感じていた。緑はたくさんの枯葉を産み出す。近代美術館の前の歩道は年中、落葉や枯葉が目に付いた。それらを2週間に1度ではあるが、清掃することは緑濃い庭に抱かれている者にとって、その恵みに謝する行為であるといつも思っていた。この日一清は街中を歩くことによって、自らの恵まれた環境に改めて気付かされたウォーキングだった。

 少し遠回りして約6キロのウォーキングを終えると、一清は身も心も暖かくなっていることに気づいた…。

           


 

 ※ 「一清」が誰だって?それはあくまで架空の人物です。詮索するのは野暮というものです。


  


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