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映画 17 アイガー北壁 後編

2010-06-17 17:34:04 | 映画鑑賞・感想

 「アイガー北壁」は私にとって特別な思いを抱かせる壁である。遠い昔、私はアイガー北壁の麓の村グリンデルワルドに一週間滞在し、毎日アイガー北壁を仰ぎ見ていたのであった。

              
           ※ 映画「アイガー北壁」のパンフレット表面です。
 
 映画「アイガー北壁」の悲劇的な事故があってから32年後の1968年(昭和43年)、私は大学を一年間休学し一人ヨーロッパへ貧乏旅行に旅立った。
 ヨーロッパの国々を彷徨し、12月初旬私はアイガーの麓の村グリンデルワルドのユースホステルに着いたのだった。
 日本を発って7カ月、私は一人旅に疲れていた。
 疲れた私を素晴らしいグリンデルワルドの景色が迎えてくれた。
 シーズンオフということもありユースホステルは閑散としていたので、私は少し歩みを止めてゆっくりとすることにした。

 グリンデルワルドというと、今でも思い出す光景が二つある。
 一つは、スイスの高地の12月であるから当然グリンデルワルドの街の中は氷と雪の世界だった。
 ところが、北壁と反対側の南の斜面は太陽の光が注ぎ、青々とした牧草がまだまだ茂っていた。その斜面を首にカウベルをつけた牛たちがのんびりと丘を歩み、草を食んでいるのである。その草地に横たわり、カウベルの音色を聞いていると心身が真底から癒されてきたことを鮮明に憶えている。

 今一つの思い出はアイガー北壁である。
 何せ1800mの巨大な壁がグリンデルワルドの村にのしかかるようにして屹立しているのである。
 冬で太陽の高度が低かったせいもあるのか、好天の日であっても10時くらいから15時くらいまで太陽が北壁の陰に隠れてしまうのである。その間、グリンデルワルドの村はぐ~んと冷え込み、太陽が顔を出すと気温が上がり始めるというなんとも不思議な体験をした。

 そんなアイガー北壁は、映画「アイガー北壁」の中でもその特徴が良く出ていた。
 それは登山隊が登頂を目ざしたのは7月18日という真夏だったのに北壁は雪や氷が貼り付く冬同然の状況だった。無理もない。あの北向きの巨大な壁にはけっして太陽の光などが当たることはなく、巨大な壁ゆえに一年中冬を演出してしまうことになるのだろう。

              
              ※ こちらはパンフレットの裏面です。

 1936年、まだまだ登山用具は貧弱であり、困難な登山を要求される時代だった。
 今でもアイガー北壁は登山家にとって憧れの壁のようである。しかし、登山技術や登山用具の発達が遭難死などという悲劇から登山家たちを遠ざけているようである。
 当時、現在のような技術や用具があったら彼らの悲劇は防げたかも、などと考えるのは叶わぬ夢である…。

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