ケニチのブログ

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おばちゃんモーツァルト拒絶事件について

2018-07-14 | 音楽 - 作曲
 「学校で習ったことなんか現場で一つも役に立たないじゃないか!」

 文字にするとまあ大げさで,ずいぶん青臭いスローガンではあるが,曲がりなりにも—そして是非とも曲がっていたいと思う—音楽に携わる人間の一人として,これはつねづね痛感する嘆きだ.もちろん,作曲科に通って現代音楽などのアカデミズムに触れるうちから,すでに抱きつつあった違和感だったのだが,あるときそれを決定付ける小さな事件が起こった.僕はひそかに「おばちゃんモーツァルト拒絶事件」と呼んでいる.いや,本当はたったいま名付けた.

 大学を卒業してまもないころのことであるが,以前から伴奏するようになっていた,とあるコーラスグループの発表会で,幕間に15分やるからピアノソロで何か弾け,という注文を得た.ふだん一人でピアノに向かっていれば,好きな曲を弾いたり漫然と即興したりしているだけなので,人前で披露できるレパートリーは少ない.さらに,当時としても,自分がこれまでに学んできた現代曲の多くが一般受けしないことはじゅうぶん承知していたので,そこで,誰もが耳にしたことがあり,ピアノを習った者なら演奏した思い出のあるような,定番のナンバーをいくつか並べてプログラミングした.これなら,コンサートに日ごろ出かけない「ライト」な客層にも楽しんでもらえるだろうという,僕なりの工夫であった.そして,第1曲はモーツァルトのピアノソナタからの抜粋.僕はステージ上で自らマイクを持って挨拶し,曲名をコールして演奏に移ろうとした瞬間のできごとで,「モーツァルト作曲の…」という僕の言葉を聞くや否や,客席最前列に座っていたおばちゃんが「何だよそんなもん!」と,ため息まじりに呟いて,本当に厭そうな顔つきで天を仰ぎ見るしぐさをしたのである.僕はこのとき初めて,もはやクラシックというジャンルが丸ごと,その存在自体で人を不愉快にすることができる音楽であることを知ったのだった.今となってはあのおばちゃん,どこの誰だったのかも分からない.コーラスメンバーの知人だったかもしれないし,たまたま会場前を通りがかって覗いただけだったのかもしれない(入場無料だった)が,いずれにしろ,多少なりとも音楽が好きでそこに座っているはずなのだ.そんな彼女をこれほど幻滅させるクラシックとはいったい何なのか.おばちゃんが見せた,あのうんざりした,軽蔑するような表情が目に焼き付いて,僕はそのあと自分の演奏がどうなったのか,何一つ憶えていない.

 この体験で僕が受けた衝撃はもちろん,自分が慣れ親しんだ音楽に,これほど嫌悪感を示す人がいる,という驚きが占めるところも大きい.だが,それ以上に,クラシックの界隈に親しんで生きていると(自分ではそうじゃないつもりだったが),モーツァルトやベートーヴェンは最も身近で,彼らの名作に耳を傾けることはごく自然な欲求と信じて疑わないのであるが,やはり,もっと広く音楽を捉える大部分の人たちにしてみれば,クラシックは所詮その扱いなのであり,何やら内輪で面白がっているだけの世界なのだ,という発見にあった.モーツァルトなんていうのは,ドレスに身を包んだ令嬢が気取ってぽろんぽろんと奏でるものであって,僕たちの日常生活にすんなり響く音楽ではないのである.それは,本当はそうじゃなくて,クラシックだって紛れもなく人々の暮らしのなかで生まれた音楽であり,楽しいものなんだということを,世の音楽家たちが,残念ながら聴き手にちゃんと提示してこなかったことの顕れであるとも思う.

 そんなわけで,以来,曲を作ったり,演奏したりするとき僕は,それが「分かる人にだけ分かる音楽」になっていないか,本当に多くの人にとって値打ちのあるものなのか,たえず自問するようになった.もう少し悲観的にいえば,聴き手はあのおばちゃんのようにあからさまに反応しないだけで,楽しんだふりをしているかもしれない,という警戒でもある.日ごろ,大勢の子どもの前で弾く機会を持つこともあるが,彼らは楽しいときには全身で楽しみ,退屈すると本当に退屈そうにする.そういう意味で子どもは最も真剣で,質の高い聴衆だ.いっぽう大人は内心で飽き飽きしても,最後までがまんして聴き,冷ややかな拍手を送って,ぶきみな微笑さえ浮かべて帰っていくのであり,こちらはそれを真に受けていては危ないのだ.

 あのとき,いったい僕が何をどう弾き,何を語ったら,おばちゃんは喜んでくれたのか.その答を探し続けることが,僕にとっての音楽活動である.もっとも,あれはもしかしたら,そもそも僕が「これくらいなら分かるだろう」とか,「これは難しいのではないか」などと,どこか思い上がった,いかにも「聴かせてやる」という態度で出て,音楽をみんなで共有しようという,いちばん大切な精神を持っていなかったことが,たまたま表面化したというのが真相だったかもしれず,その点でも未だに自責の念は尽きない.


外部リンク:
現代音楽はお好き? - 月刊クラシック音楽探偵事務所
http://yoshim.cocolog-nifty.com/office/2008/10/post-ee32.html
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2 コメント

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お久しぶりです (アッコ)
2018-07-16 21:06:34
笑いながら読ませて頂きました。
名古屋方面ではそんな方もいるんですね。
大阪のおばちゃん(おばあちゃん)は、居そうで出会ったことないです。良かったら、体いっぱいの表現で感動してくれますよ(笑)
そんなに落ち込まなくても‥‥アハハ
Unknown (ケニチ)
2018-07-27 20:05:04
 コメント有難うございます.もちろんあれはあれで楽しんで下さったお客さんもたくさんいたと思うんですが...でも,良くも悪くも反応してもらえるというのは音楽家として幸せなことですね.

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