ヒトリシズカのつぶやき特論

起業家などの変革を目指す方々がどう汗をかいているかを時々リポートし、季節の移ろいも時々リポートします

東京大学の「3Dプリンティングと知的資産経営」という講演を拝聴しました

2014年01月26日 | イノベーション
 東京大学政策ビジョンセンターが主催する“知的資産経営新ビジネス塾”の新シリーズ講演会での「3Dプリンティングと知的資産経営」という講演を拝聴しました。

 今回の講演の冒頭に、モデレーターを務められた東京大学大学院経済学研究科教授の新宅純二郎さんが、3Dプリンティングが出てきた経緯や背景として、設計や製造・生産へのコンピューター利用技術の流れを俯瞰されました。「1970年代に米国が発明され登場した工作機械向けのNC(数値制御)技術の登場は、製造・生産現場の製造ノウハウを数値制御に置き換える技術改革だった」と解説されました。

 以下、そのご解説のさわりです(壮大なお話なので、印象に残った部分です)。その後、CAD(コンピューター支援設計)やCAM(コンピューター支援生産)というコンピューター利用技術が、米国からまた登場し、設計と製造・生産のの技術者・現場をつなげます。この結果、FA(ファクトリー・オートメーション)などの実現につながります。最初は、米国でコンピューター利用の考え方が具体化され実用化されますが、日本の製造業の企業も必死にフォローし、部分的には設計・生産現場で巧みに使いこなします。

 さらに「3D-CAD(3次元CAD)が登場し、設計と製造・生産現場がつながりました」と解説します。これ以前は、設計者の目指す意図を試作してみないと分からなかったものが、製造前に製品形状やつくりやすさなどを検討できるようになります。新宅さんは「つくりやすい設計が初めて可能になった」と説明します。

 問題は、CAD・CAMから3D-CADなどの基幹ソフトウエアを米国などが産み出し、米国のソフトウエア企業が同ソフトウエア市場を支配していることです。ここまでが、3Dプリンティングが話題になる以前jの話です。

 さて、今回の講師の東京大学生産技術研究所教授の新野俊朗さんは、まず「3Dプリンターという表現が誤解を招きやすい」と注意を喚起します。新聞やテレビなどがニュースとして伝えている「10万円程度の3Dプリンターでつくる個人嗜好の樹脂製品を個人的につくる話は、製造業系の事業化とは直接関係がない技術革新の流れだろう」と解説します。



 新野さんが当該の委員をお務めになっている米国ASTM(American Society for Testing and Materials)という米国の工業標準を決める米国材料試験協会では、日本でいう“3Dプリンティング”技術を「付加製造(Additive Manufacturing)という表記で規格化している最中」と説明します。材料を付加する(積み重ねる)ことによって成形する技術で、3次元形状の数値データを基に作成する技術を指しているとのことです。

 新野さんは「工業用の付加製造(積層造形)向け装置は、日本円換算で1億円程度と高いので、どんなビジネスモデルで何をつくるかという事業モデルがポイントになる」と声明します。

 例えば、人間の歯並びの歯列矯正器具に適用した事例は、成功するビジネスモデルになるとみているそうです。人間の歯並びの歯列矯正器具は、その個人向けに20個から40個程度つくる必要があり、まさにオーダーメイド機器になっています。その歯列矯正器具を工業用付加製造(積層造形)装置を適用したビジネスは、1社が米国などの先進国市場を相手に事業を始めているそうです。この1社が全世界の市場を握れば、事業として十分に成立する可能性が高いとみているそうです。

 同様に、人間の難聴者向けの補聴器や人工股関節の部品などの、究極のオーダーメイドの機器・部品になるために、「それぞれの1社が全世界の市場を握れば、事業化できる」と考えているそうです。その究極のターゲット部品は、再生臓器です。再生臓器は、個人向けのオーダーメイド“部品”だからです。

 今回、日本が遅れを取る可能性として指摘されたのは、3次元形状の数値データを利用する3D-CADの基盤技術については、日本は利用していても、根幹を再開発する研究開発能力は持っているのだろうかという懸念でした。かなり、難しい問題です。

 CADなどの一連のコンピューター利用技術を考えだし、事業化している米国の市場支配力は大きいようです。

 パソコン向けの汎用ソフトウエアでも、米国マイクロソフトを中心に、米国企業が強い支配力を持ち続けています。日本は、付加製造技術で独自の利用技術や事業、市場を築くことができるのかが問われています。

東京都中央区の東京都立浜離宮恩賜庭園では、ウメの花が咲き始めています

2014年01月25日 | 季節の移ろい
 東京都中央区の東京湾沿いにある東京都立浜離宮恩賜庭園では、1月半ばからコウバイ(紅梅)の花が咲いていると聞いたので、ウメの花を見に行ってきました。

 浜離宮恩賜庭園は、東京湾から海水を取り入れて、潮の干満で景色の変化を楽しむ、潮入りの回遊式築山泉水庭が特徴です。海水を取り入れる池がある庭園は、かなり珍しいそうです。

 潮入の池の中央にある中島に立つ御茶屋です。



 潮入の池には、ハシビロガモやホシハジロなどのカモ類が数10羽、泳いでいます。



 20羽程度のカモ類は仲間の数羽が水底のエサ(水草?)を狙って潜ると、周囲のカモも相次いで続いて潜ります。このためエサを採る場所に、カモ類は集まってきます。



 数は少ないのですが、カイツブリも数羽いて、盛んに潜っています。

 夕方になって日が傾くと、潮入の池の湖面は夕日によってキラキラと輝き、カモ類が水面に浮かんでいることが目立ちます。

 お目当てのウメの花が咲いている梅林は、築地川沿いの水上バス発着所の手前にあります。

 梅林ではコウバイ(紅梅)の木が5本程度、二分、三分咲きです。





 二分、三分咲きのコウバイの木は、遠目にも赤い花が目立ちます。

 ハクバイ(白梅)の木も、既に花を咲かせている木があるとのことでしたが、ハクバイの木を見つけることができませんでした。

 梅林の手前にあるお花畑では、ナノハナ(菜の花)がいくらか咲き始めています。野鳥がナノナナの花芽をついばまれないように、ネットがかけられています。

 花木園では、ジュウガツザクラ(十月桜)の小さな花がまだきれいに咲いています。11月ぐらいからずっと咲き続けているようです。



 ジュウガツザクラの木の側にある、コフクザクラ(子福桜)の木の小さな花は既に少ししぼんでいます。

 平成22年(2010年)に復元された、潮入の池に面している「松の御茶屋」では、毎週木曜日に特別公開見学会を実施しているそうです。ふだんは、非公開の文化財施設です。

読売新聞紙朝刊に掲載された「有名私大 値上げ続々」などを拝読しました

2014年01月23日 | 日記
 2014年1月22日発行の読売新聞紙朝刊に一面に、見出し「有名私立 値上げ続々 消費税負担対策も」という記事を拝読しました。

 読売新聞社が学生数1万人以上の私立大学39校に学費値上げについて尋ねたところ、早稲田大学や慶応大学、日本大学、上智大学など有名市立大学13校が、今年4月から“学費”を値上げすると回答したと報じています。

 読売新聞紙のWeb版であるYOMIURI ONLINEでは、見出し「有名私立、相次ぎ学費値上げ…増税負担対策も」という記事が載っています。



 同記事では、今年4月1日から8パーセントに上がる消費税は、大学の入学金や授業料、施設設備費にはかからないが、大学が購入する物品などには消費税がかかり、増税分が負担になるそうです。ある有力私立大学の試算によると、1年間に約20億円以上の経費負担が増えるとの見通しがあるのだそうです。

 日本大学は14学部中の6学部で、来年度の新入生を対象に、初年度の授業料などの納付金を5万円から20万円増やすそうです。20万円増えるのは、生物資源科学部の一部の学科で、13.7パーセントという値上がりです。

 早稲田大学は206年度から新入生の授業料を毎年度ごとに0.7パーセントずつ値上げしており、20014年度も同様の分だけ値上げするそうです。大半の学部では、4年間の大学生時代を通して、合計約15万円増になる見通しだそうです。

 今回の授業料の値上げは、東京都にある有名私立大学が中心です。このほかに、大阪府にいくつかのキャンパスを持つ関西大学も、4年間の大学生時代で合計4万円から6万円の負担増になるそうです。

 日本私立大学協会の事務局長は、有名ブランドの私立大学は志願者も多いので、学費を値上げしやすいが、そうでない大学は学生確保の懸念から、値上げしたくてもできないのではという見通しを持っているようです。

 こうした有名私立大学の学費値上げの動きと同時に、有力国立大学を中心に12大学院が企業に学生を派遣するための組織「一般社団法人 産学協働イノベーション人材育成コンソーシアム」が組織されるという内容の記事を拝読しました。

 この報道は、2014年1月22日発行の日本経済新聞紙朝刊に一面に掲載された、見出し「理系人材、産学で育成」という記事が伝えています。

 日本経済新聞紙のWeb版である日本経済新聞 電子版でも、見出し「理系人材、産学で育成」という記事で報道されています。



 大学院は東京大学、京都大学、東京工業大学、千葉大学、大阪大学、北海道大学、東北大学、筑波大学、神戸大学、九州大学、慶応義塾大学、早稲田大学の12大学の大学院だそうです。大部分が国立大学です。

 この12大学院の理学や工学、農学の研究科の学生約2万人のデータベースをつくり、3年間で合計2000人を企業の研究開発現場に派遣すると伝えています。派遣される企業は、三菱重工業、パナソニック、日立造船、村田製作所、ダイキン工業、DMG森精機などです。

 派遣される企業側の代表幹事を務める三菱電機の堤和彦常務執行役によると、「企業への派遣期間は2カ月から3カ月程度」を想定しているもようだ。大学院生が早い内に、企業の研究開発現場を体験する“産学連携”によって、イノベーションを促進させる人材育成を進めるのが狙いのようです。

 この記事を読んでいくらか分からなくなったのは、文部科学省の以前の施策によって、今回挙げられた12大学院などは、平均すると3年間で2000人ぐらい派遣されている実績を持っていると推定できます。これまでの施策が終了したので、企業側に産学協働イノベーション人材育成コンソーシアムを組織させて、継続させるのではないかと、推定しています。

 問題は、派遣された大学院生が2カ月から3カ月間で、製品開発の“応用開発”能力を会得できるかどうかどうかの問題です。

 以前の施策は、企業へのインターンシップによって、派遣された大学院生の研究開発能力を見極め、優秀と判断した大学院生を自社に採用する“お見合い”的な目的がありました。採用する大学院生の人材としての能力の見極めができるからです。

 今回名前があがった大学院の学生は、企業側が採用したと考えるだろう“有名大学院”です。早めの“就職お見合い”とも考えられます。一番の問題点は、大学院で学ぶ研究能力だけでは不十分で、企業で研究開発能力を短機関学ばないと、優秀な大学院に仕上がらないという、大学院側の教育態勢のような木がします。

 こうした動きは、最近、文部科学省などが提唱している“グローバル人材育成”の動きに関係してるのではと想像しています。

埼玉県上尾市などの荒川と入間川の合流点にある三ッ沼ビオトープに行ってみました

2014年01月22日 | 季節の移ろい
 埼玉県上尾市と川越市、川島町の互いの市境・町境にある、三ッ沼ビオトープに行って来ました。

 三ッ沼ビオトープは、荒川と入間川の昔の合流点付近にある自然公園です。荒川と入間川の以前の合流点を物語る流路跡が沼や湿地として残っている、自然が豊かなビオトープです。

 入り口から数100メートル奥にある沼です。カモ類が数羽、泳いでいます、



 沼の対岸にある雑木林と竹藪の奥には、ホオジロやアオジ、カシラダカ、シジュウカラ、スズメなどが何羽か群れでいるのですが、人影に気が付くと、どの野鳥もすぐに草かげや薮の中に入ってしまいます。

 沼の対岸の遠い薮の中にいるカシラダカです(カシラダカではないかと推定しています)。



 薮の中から飛び出てきたモズ1羽が、沼を飛び越えて向かい側の草原の枯れ木に留まりました。



 モズは、枯れ野の草原の周囲をキョロキョロと見ています。



 沼のさらに東側奥にある湿地には、木道が整備され、一周できます。この湿地では、春から秋にかけて水生植物や湿地性の植物が豊かに育つそうです。

 湿地を囲む雑木林では、ヒヨドリなどが時々、姿を見せます。

 雑木林の木の幹をコンコンとつっいているのはコゲラです。一番小さいキツツキの仲間です。





 三ッ沼ビオトープは、荒川河川敷きの中の自然豊かな場所だけに、よく見かける身近な野鳥が多数います。周囲にも雑木林が多く、昭和初期を思わせる昔の農村風景らしい雰囲気にあふれています。

日本経済新聞紙の「苦闘11年 マネー敗戦 エルピーダ」を拝読した話の続きです

2014年01月21日 | 日記
 2014年1月19日に発行された日本経済新聞紙朝刊の中面に掲載された「シリーズ検証 半導体興亡史」の第三回目の「苦闘11年 マネー敗戦 エルピーダ坂本社長の奔走」を拝読した話の続きです。

 第三回目は、2002年11月に、NEC(日本電気)と日立製作所、三菱電機の半導体のDRAM事業を合体させて再出発したエルピーダメモリ(東京都中央区)の栄枯盛衰の話でした。

 エルピーダメモリは1999年2月に、NECと日立製作所のDRAM事業を切り出して「NEC日立メモリ」として出発し、さらにその後に三菱電機のDRAM事業を加えた、日本のDRAM事業の専業企業です。

 DRAM(Dynamic random-access memory)は、情報の記憶をコンデンサーに電荷を蓄えることによるオン・オフによって「0」か「1」として行われ、電荷は時間と共に減少することから、一定時間毎に記憶保持のための再書き込み(リフレッシュ)を行う必要がある半導体記憶素子です。集積度が高く、価格も安いなどの特徴を持つために、コンピューターのメインメモリーはほとんどがDRAMになっています。

 1990年代初めまでは、DRAM事業で大成功を収めた日本の電機メーカーは、DRAMの集積度を高めるための微細化技術が進んだ結果、進化したDRAMを生産する新工場を建てる投資額が400億から500億円レベルから1000億円超レベルまでに跳ね上がり、事業投資費用をどう確保しながら、いつ設備更新するのかが重要な経営判断になりました。半導体事業では、経営手腕に優れた経営者であることがかなり重要な必要条件になりました。リスクを取りながら、しっかり事業収益をあげるという綱渡りができる手腕が必要になります。大手電機企業の役職の階段を、単純に昇った方々には、たぶんできないことです。

 1990年代後半からの日本のバブル経済崩壊などへの対応策に追われた大手電機メーカーは、半導体事業部を切り離して、DRAM事業ではエルピーダメモリを、システムLSI事業ではルネサスエレクトニクス(東京都千代田区)を創業させるなどの手法によって、それぞれ対応しました。エルピーダメモリとルネサスエレクトニクスは両社ともに、NEC、日立製作所、三菱電機の当該事業部を合併させ、独立させた専業企業です(富士通やパナソニックなどは、自社の半導体事業の再建では独自の道を選びました)。

 2002年2月に、低迷するエルピーダメモリの社長に三顧の礼で迎えられた坂本幸雄さんは、社長に就任すると、米国インテル(Intel)傘下のインテルキャピタルに事業投資を依頼し、1億ドルの出資を引き出すなどの事業投資資金の確保に追われます。



 2008年9月のリーマンショック後に、DRAM製品の市場価格が急落した際には、台湾・日本のDRAM連合による事業強化のシナリオを描き、台湾政府からの公的資金注入を提案します。国際的なDRAM事業の整備シナリオを描き、国際的に事業投資資金を呼び込む手腕は、国際的な経営者だった坂本さんの真骨頂です。

 記事によると、米国の調査会社のICインサイツの分析によると、半導体製造企業の2013年の設備投資見通しでは、米国インテル社と韓国サムソン電子がそれぞれ130億米ドルと120億米ドルだったことは、昨日お伝えしました。第三位の台湾の台湾積体電路製造(TSMC)が同90億米ドルです。

 エルピーダメモリを傘下に収めた米国マイクロンテクノロジーは同22億米ドルです。1米ドルを100円と換算すると、マイクロンテクノロジーは2013年1年間に2200億円と、エリピーダメモリと比べて、あまり変わらない程度です。エリピーダメモリは、2006年度から2011年度まで毎年2000億円から5000万円弱の売上高を持っていました。厳しいのは、最終損益額が0円を上下している結果です。最悪時の2009年度は1500億円超の赤字でした。これでは企業は持ちません。
 
 最新技術を反映させる設備投資を続けるには、毎年、相当額の設備投資額が不可欠です。しかし、エルピーダメモリが2012年2月に会社更生法の適用を申請する直前の1年間で「DRAM価格が1/3に下落し、歴史的な円高も続いた」と坂本さんは状況変化の変化の厳しさを語ります。この結果として、同社は2011年10~12月期まで5四半期連続で営業赤字となり、事業資金が底を突いた会社更生法の適用に踏み切ります。「従業員をリストラせず、日本にDRAMの開発と生産現場を残すためには、マイクロンテクノロジーから資金援助を受け、その傘下に入るしかなかった」と説明します。

 半導体事業を展開する企業が、市場変化などに機敏に対応するために、事業資金を臨機応変に投入し、事業収益を上げるという綱渡りが可能なのかどうか実はよく分かりません。

 あの米国インテル社も収益を落としています。半導体事業は、パソコンやスマートフォンなどに不可欠な半導体素子を供給する重要なものです。日本の大手電機メーカーがどうして半導体事業を凋落させたのかという原因を、経営学などによって学術的に分析し解明していただきたいものです。