丸ちゃん日記

不動産屋の看板犬のお話

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私の履歴書5

2010年02月20日 | Weblog

日本興業銀行では、企業の株式上場を支援する資本市場部の配属でした。

そもそもこの銀行、東京大学や一橋大学といった超一流大学出身者が大多数。

そんな中で私の居場所などは当然皆無。

仕事に関しては激務を極め、帰宅時間は殆ど深夜1時~2時。

仕事場で徹夜なんて事はざらで、昼食を摂る時間が無く、トイレの便座でパンを

かじって済ませることも間々ありました。

最もひどい時期は1週間に睡眠時間10時間。

仕事中も朦朧とし、半年間で体重が10キロ減ってしまう始末。

能力は勿論のこと、気力・体力の限界は誰の眼にも明らかでした。

本来の証券会社に戻った時には、涙が出るほど嬉しかったのを憶えています。

 

復帰後の配属は国際営業推進部。

その後間もなくして、債権営業部で海外の中央銀行や外資系金融機関に対して

日本の国債を売買していました。 所謂ボンドトレーダーといわれる仕事。

これは動かす金額もかなりの高額で、時々刻々神経をすり減らすような

相場との駆け引きもあり、まるで戦争のような毎日でした。

一方、実際海外の中央銀行まで出張して担当者に日本経済の現状を

プレゼンテーションし、帰国後その成果がトレードの数字として

はっきり現れたりなんかすると、こっそりガッツポーズ!!

 

そんなこんなでロンドン支店への転勤機会がめぐってきた時に、親父の胃癌発覚。

大阪支店への転勤願いなど聞き入れてもらえる訳もなく、

当時の上司の慰留もむなしく退職することに。

 

いろいろあって、いろいろ悩んで帰阪することになりました。

大阪で再出発!

 

再就職先はなんと旅行会社。証券会社とは全く無縁。しかもスイスの旅行会社。

学生時代から、バイト代を貯めては夏休みにヒッチハイクでニュージーランド一周。

(往復飛行機代金以外の余分なお金は殆どなかったので、

宿泊は専ら野宿かユースホステル。 正にバックパッカーのはしりでした。)

翌夏はバンクーバーからニューヨークまで北米大陸をヒッチハイクで横断など、

そもそも旅行が大好きだった私は、何の抵抗も躊躇もなく旅行会社を選びました。

・・・つづく

 

 

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私の履歴書4

2010年02月16日 | Weblog

色々ありまして、久しぶりのブログになってしまいました。

 

国際大学といわれても皆さん、あまりご存じではないと思います。

新潟県魚沼市にある大学院大学なんですが、海外からの留学生が約7割、

日本人留学生が約3割で日本人留学生はほぼ100%近くが企業からの留学生。

就学期間はもちろん2年間の修士課程となっています。

 

私は、この学校で勉強は・・・・・・・って感じでしたが、いまだに酒を飲み合える

貴重な友人を数多く作ることが出来ました。

彼らとは、在学中も勉強の合間を縫ってはゴルフに行ったり、冬はもちろんスキー

に行ったり。学校から車で15分くらいの距離に5つくらいのスキー場があったので、

冬の遊びはもっぱらスキーでした。

また、酒どころでも知られる魚沼だけに、夥しい量の日本酒を2年間に飲み、

数え切れないほどの醜態を立派な企業からの日本人留学生や海外からの

留学生の前でさらしてしまいました。

まだまだバブっていた時代でしたので、アジア・ヨーロッパ・アメリカへの

研修へもビジネスクラスで出張扱い、なんていうこともありました。

ただ、さすがに最後の半年間は修士論文作成のため、私の歴史上最も勉強

した時期だったかもしれません。(と言うくらい、辛かったです・・)

 

何とか修士論文審査通過ということで、2年間で会社復帰。

配属は東京本社の国際引受部というところ。

ここは、日本の企業が資金調達のために海外通貨(基本的にはユーロ・

スイスフラン・ドイツマルク)建の転換社債やワラント債を発行するための

支援をする部署で、財務省(当時の大蔵省)との折衝や企業財務担当者との

打ち合わせなど、結構地味な仕事内容が主でした。

ただ、企業のお偉いさんと一緒にヨーロッパへ出張しなければならない機会も

多々あり、その頃から胃薬を多く服用するようになったのを憶えています。

そんなコンナしている時、上司からまたしてもお呼び出し!

日本興業銀行(現みずほコーポレート銀行)への出向命令!!

・・・つづく

 

 

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私の履歴書3

2010年02月04日 | Weblog

特有の文化が色濃く残る京都で仕事をするには、京都出身か京都の学校卒業者。

当時勤めていた会社はそういう考えがあったようです。

でもって私に白羽の矢が立った・・・・・というより、札幌支店での愚行が災いしたこと

は間違いないところでしょう。

 

株式の相場が立っている、午後3時までは株式ボードと睨めっこしながら

電話し続け、相場が引けた後はすぐに外回り。

勝手知ったる京都の中をスーパーカブに乗って、投資信託・中期国債ファド・株式・

債券・・  とにかくバブル全盛でしたから手当たり次第に販売していました。

毎月、支店のノルマ達成を祝して打ち上げをやっていました。一見ではなかなか入

れない祇園のお店や高級そうなラウンジ・・・

ここでも私の愚行が炸裂してしまいました。

支店長に以前連れて行ってもらったスナックに”支店に付けとって”とかいいながら

何日もそこで飲みまくり、挙句にホステスさんに愚行をはたらき、出入り禁止!!

更には支店長から呼び出され、こっぴどく絞られたのを憶えています。

 

入社した時からいつかは海外の支店で働きたいな、と思っていた私は、

密かにその機会をうかがっていました。

当時、手っ取り早い方法が二つありました。

ひとつは、1年間ニューヨークに行き、半年は語学学校に通い、残りの半年を

ニューヨーク支店で働く。これはその後日本に帰ってからも、まず国際部の配属

となり、海外に赴任する可能性は大。

もうひとつは、2年間の留学。新潟県魚沼市(当時は南魚沼郡)にある

国際大学大学院。

当時、勤めていた会社では卒業生がおらず卒業後の進路は不確定要素大。

どちらの方法を選ぼうが、社内試験に合格しなければダメ。

国際大学に至っては、社内試験に合格しても大学院の試験に受からなければ

当然ダメ。

 

私は、同じ遊ぶなら(いや、勉強するなら)1年でも長い方がいい、そう思って

国際大学受験のための社内試験を受けました。

な、なんと合格!!

来る国際大学受験までの3ヶ月間、四条河原町にあったベルリッツとかいう

英会話学校に毎週土曜日の午後と日曜日丸一日、缶詰状態で英語の勉強を

していました。(もちろん費用は会社持ち)

その甲斐むなしく、国際大学MBA(国際経営学修士)コース不合格!

しかーし、しかし、IR(国際関係学修士)コースの合格ラインにはありとの知らせ。

再試験を受ける機会がめぐってきました。

やりーー、受かっちゃいました。(恐らく、ギリギリ滑り込みだと思いますが)

 

京都支店の同期が送別会をしてくれた日、調子に乗っていた私は

高瀬川のほとりで、チンピラ3人を相手にケンカ。

完璧ノックアウトしたのが京都での最後の思い出となりました。

 

・・・つづく (次回から手短に書きます、スミマセン!)

 

 

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私の履歴書2

2010年02月01日 | Weblog

小学校時代は神童と呼ばれ(ウソです)、中学入学後は全く勉強をしなくなり、

サッカーばかりしていました。昼の弁当の楽しさと友達とサッカーすることが楽しみで

高校卒業までの6年間、無遅刻・無早退・無欠席という皆勤賞までもらいました。

私の人生の中の珍事のひとつでしょう。

 

大学へ行ってからも更に4年間サッカーをしていましたね。

ただ、高校時代とは大きく違うのがバイトと、お〇な遊び(失敬)がエスカレート

していったことでしょうか。 京都北区の家具屋さんと家庭教師のバイトをベースに、

今もあるのでしょうか百万遍の学生相談所に通っては単発バイトをしまくってました。

小金が出来ると夜な夜な河原町や木屋町界隈に当時できたばかりのディスコに

行っては〇〇〇ばかりしていました。

フラフラになるまで遊んでましたね。 (今は亡き親父、ゴメンナサイ!)

 

ギリギリの単位取得のため辛うじて4年で大学を卒業し、

こんな私でも就職口があったわけです。(バブル一歩手前くらいの時期でした)

証券会社に就職するも、大半の同期が東京や大阪の大都会にある支店勤務

を希望する中、私は札幌支店第一希望。

見事、希望通りの人事。

これには大きな訳がありました。

中学校の頃から冬になるとスキーをしに、北アルプスに行っていた私は

最高の雪質を求めて北海道でスキーがしたかったのです。

もちろん、夏は最高のグリーンコンディションでのゴルフ、長期の休暇には

北海道中を車でうろつきまくってました。 

皆さんもよくご存知の”すすきの”では何度と無く醜態をさらしてしまい、

上司に見つかり社会人として情けないことに何度と無く始末書を提出していました。

そんなこんなで、一年で転勤命令!

再び京都に舞い戻ってまいりました。

つづく

 

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