プチ熟年OL憂さ晴らし記

嗚呼、すまじきものは・・・
憂さを晴らして明日を生き出づプチ熟の情熱駄文。

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乱れ乱れて三つ巴戦

2005年12月28日 | 心の叫び日記
世間では、クリスマス・忘年会等様々なイベントが続いている。
今日は、そんな中で起きた、乱れに乱れた女の話をしよう。

おっと!

乱れに乱れた女と聞き「おっぱいボヨヨン、お尻プリプリ」「アンアン☆イヤンイヤン♪」話かと色めきだった、そこのあなた。
残念であるが、そうではない。
いや、いや、そういう話題もなかなか面白いかもしれぬが、意味を掘り下げて「生き方」について綴ってみたいと思っている。

つい先日の出来事だ。
仕事を終え帰宅する電車内での出来事である。
電車内は、同じように帰宅する人達で、地獄の混み具合であった。
勿論、座れるはずもない。
私は立つこととなる。

私の前には、若い女の子が座っていた。
年の頃は、二十歳を少し過ぎたあたりか・・・
黒のスーツに身を包み、髪をきちんとまとめた、ふくよかな頬が印象的な色白の女の子だ。
ブランドもののバッグを持ち、まあ、今風の子である。

そして、その女の子の隣には、一見浮浪者と思える男性が座っている。
一見と敢えて言ったのは、格好だけがそれ風であって、体臭などはなかったからだ。
だが、浮浪者とは違うであろうと思っても、その風体はかなり嫌悪するものである。

腰まで伸びた豊かな髪は、自然な油で固まっているように見える。
顎鬚も恐ろしいほど伸び、座った状態で膝近くまで届きそうな状態だ。
肌は日焼けしたのか、もともとの色なのか・・・どす黒い。
服装は長袖長ズボン、着古したせいであろうか、酷く真っ黒である。
まるで黒い仙人のような格好であったのだ。

大抵の者は、隣に腰掛けることはしないであろう。
洋服を汚したくない、あるいは、こんなご時世だ、どんな難癖をつけられるかわからない…など、隣に座らぬ理由は様々だ。
差別的な考えであるかもしれぬが、昨今起きた事件などを振り返り、自己責任などという言葉が乱舞する世を思えば、致し方のないことであると思う。

さて、そんな中、その女の子は平気の平左で座っていた。
私は彼女の度胸のよさと、身なりに影響されないその行動に感心した。
この男性の近くに立つことは出来ても隣に座ることが出来ぬ己を思えば、彼女は尊敬に値する。

「あんた、やるねぇ。」

と、私は心の中で拍手を送り、花束贈呈をしようとした瞬間である。
その感心が一気に打ち砕かれた。

彼女の男性とは反対側の隣の席が空いた。
すると彼女は、猛スピードでその席に移り座り、黒仙人に触れていた部分をこれでもかってくらいに、叩き払った。
その叩き払いときたら、凄まじいものである。
親の仇にでも出会ったのかと思うほどの気迫・・・いや、殺気と言った方がよいであろう。
叩く己の手も痛かろうにと案じるてしまう程である。
おまけに、彼女は侮蔑の視線で黒仙人を見遣り(唇、ややとんがり気味)、またもや洋服を叩き、汚れを落とそうとする。

それが終わったかと思うと、今度は鼻糞をほりだした。
もう、夢中でほじっている。
二本指を片穴にねじ込み、見ている私の鼻の穴が痛くなるほどの過激さである。
ほじる、ほじる。
彼女はほじる。
唖然、ただその一言に尽きる。

鼻糞をほじる彼女を観察(見物か?)している私の中に、ひとつの不安が生まれた。
ほじって得たブツは一体どう処理をされるのか??
いろいろと想像を巡らすが、どうかちり紙を出して汚れた指を拭いてくれ!と願わずにはいられない。
しかし、そんな願いも虚しく、彼女は最悪の結果を導いた。
壁に擦り付けたのである。
その後も彼女は、服の汚れを(汚れてないのに)嫌味たらたら風に殺気を交えて叩き、鼻糞をほじっては壁に擦りつけ、あるいは空に放つの繰り返しの行動をとる。

あり得ない!
モラル、なさ過ぎ!!

私は思った。
侮蔑を受けるのは彼女の方ではないか?
どっちが汚いって、この女性の方ではないか?
彼は、確かに見た目は汚い。
だが、実際には汚れをばら撒いたり、くさい臭いを振り撒いたり、可笑しな行動をとったりといった、負の行動はないのだ。

だが、彼女はどうであろう。
周りが引くほどのオーバーアクションで服の汚れを叩き、ほじって得たブツを電車の壁に擦り付けたり、指で転がして空に放ったり、迷惑極まりない行為を繰り返している。
更に解せないのは、己の行為を棚に上げ、他人を侮蔑するその心である。
こういう女は、醜いとしか言いようがない。
彼女の行為そのものも醜いのであるが、心の姿をここでは言いたい。

他人を謗り侮蔑はするが、己が行う場合はお咎めなしときたもんだ。
人に不快な思いをさせて何になる?
己を省みず人を侮蔑し何を得る?

「水至れば渠成る(みずいたればみぞなる)」 

と言う言葉がある。
本来、このような場面で使うには不適切な言葉であるが、この事件があった時に、真っ先に思い浮かんだ言葉であるため、これを使い女を斬りたい。

上記の禅語が導かんとするものを超簡単に言うと「あなたが歩んできたあとには道が残っています。今生のうちに一筋の光明に出会えなくとも、自分達のしてきた行いはあとに続く人達に残すことが出来ます。そういう生き方をしていきましょう。」と、言うことだ。

自分の行いのあとには道が出来るのだぞ。
女よ、差し詰めお前の道は「鼻糞道」と言ったところか。
そんな道を残してどうする。
道は残れど、あとに続く者がいなければ道とは言わぬぞ。
心を、行いを改め、人々が続く道を残されたしっ!!

私はそんな思いを込め、彼女の前に立ちはだかり熱い視線を送った。
黒仙人、鼻糞女、仁王のプチ熟。
車内乗客は、この3人をいつしか遠巻きに見るようになった。
他から見れば、それはそれは恐ろしい光景であったに違いない。
やばいっ。
私の道にも続くものがいないようだ・・・ ガビーン
悔い改めるのは、いつしか私になってしまった。

最後に、この記事を読んで下さっているあなたに一言。
おてんと様はいつでもあなたを見ていますよ☆ ψ( ̄▽ ̄)ψウッシッシ


またね。


※文中、差別用語があったかもしれぬ。悪意はない。ご容赦。
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