verda akvo

エスペラント暦4年。とにかく間違えながらも使って見ようという試み。

ブラジル切手マニアの人が

2006-06-18 13:08:37 | Weblog
ブラジルのサッカー熱をうかがわせる手紙を書いてきた。本場であるからな。
微に入り細に入りサッカーはこうしてプレイするのだと。うう、侍ブルーは弱いし。
昨日わからない単語がままあろうと文がなんとなくわかってしまうと書いたが、そんなことありえないという人がいる。ありえないが本当なのだ。うそじゃない。
ルーツをたどる。私は小学校四年までに夏目漱石も芥川龍之介も太宰治も自分で読んだ。なんと読むかさえわからない字は飛ばしたはずだし、見たことも聞いたことも考えたこともない概念はやっぱり飛ばしたか、幼い知恵で曲解したかもしれないが、とにかく読んだ。そして昨日再び読んだらわかっていたのだ、あの時。

考えてみれば幼時のころ、両親は私に話しかけるときは易しい言葉を使っていたが二人で話すとき、しかも私に聞かれたくないことは難しい言葉で話していたようだ。でもなんとなくわかるではないか?幼児の生きる知恵である。

2 コメント

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Unknown (esperakira)
2006-06-18 14:53:13
そんなに不思議なことでもないと思いますよ。エスペラントもそういう読み方ができるはずです。繰り返し出てくる言葉は何となく分かってくる。そもそも日本語は大部分そうやって覚えた。
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denaskaでなくたって (Yuu)
2006-06-18 16:39:14
幼児が覚えるような覚え方してもいいんでないかい、ということですね。

ふた昔前の英語教育みたいに、やらなくってもいいわけですよね。



某駅前留学には子供たちがたくさん来ます。是非はともかくひらがなと同時にアルファベット、日本語を追いかけて英語、そんな子供たちがいるんです。



大きくなっても語学の楽しさ忘れないでほしいけどまだ小さいから、忘れてもしょうがない。
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