今日の天気は
一気に涼しくなった大阪です。
今にも雨降ってきそう…
では昨日の続きです
GW旅行記最終回の今日は
写真てんこ盛りです
美味しい美味だれ唐揚げでキンキンになったお腹を抱えて
今回の旅行最後の訪問地へ
上田城
上田城は、昌幸パパが天正11年(1583)に築城し
その後お兄ちゃん(信之)が治めたお城です。
今では本丸は無く、公園になっています。
写真は本丸への入り口である東虎口櫓門です。
六文銭の幟がそこここにはためいてますよ~
東虎口櫓門の前にある
真田石
なかなかにデッカいですね~
大阪城や名古屋城の石垣にも
こんな巨石があるけど、
当時は石の大きさで権威を示したんだそう。
この石は、お兄ちゃんが松代に移封になった時
昌幸パパの形見に持って行こうとしてんけど
微動だにせず諦めたのだとか
上田城に到着したのは17時前。
博物館も終わってるし櫓も上がられへんし
神社は大丈夫かな…と向かってみることに。
眞田神社
歴代の上田城主(真田氏・仙石氏・松平氏)が御祭神です
昨年のNHK大河ドラマ『真田丸』の人気で
沢山の参拝客が来てはります。
信繁(幸村)公の赤備兜や~
行列が
初詣みたいにお参りするのに並んではるのかと思ったら、
ご朱印待ちの列やった
結局、受付に約40分、受け取るのにさらに1時間。
計1時間40分掛かりました
過去イチのご朱印待ち時間
うちらが待つ事なんかより、
書き手さんが腱鞘炎になりはらへんかがとっても心配やったわ
1時間待ちの間に、上田城跡公園内を散策
公園内から見た北櫓と東虎口櫓門。
カッコええ~
お堀の北の方へ向かうと
本丸土塁の隅欠(すみおとし)
鬼門除けで、角が無くされてるの。
二の丸北虎口の方には
百間掘の石樋(とい)
お堀の水抜きの樋。
昔は木の樋やったのでよう腐りました。
そこで1702年に、木から石の樋にチェンジ
幕府への修理許可申請に
「木の樋が腐って壊れたから石の樋に替えたいです」との記述があるんやて~。
お堀に沿ってぐるりと歩くと
西櫓と夕焼け空。
上田城で唯一江戸時代から残っている建物です
眞田氏の後上田藩を治めた仙石氏が建てたものです。
真田神社の裏手まで戻って来ました。
真田井戸
約1km離れた太郎山に通じる抜け道になってるんやて
ひゃ~凄いさすが真田と言うか…。
これじゃ大阪城内にあってもおかしくないよな…って思っちゃう
もう、どこ見ても「六文銭を探せ」な気分になってる(笑)
自販機もカッコええ
観光会館にはまたまた幸村公像
一周散策し終わった頃、ちょうどご朱印出来上がりタイムに。
頂いたご朱印です 見開きタイプ
昌幸パパバージョンのご朱印を頂いたの
パパの兜にのぼり四ツ梯子の印も
信繁(幸村)公の赤備え兜の絵馬を頂きました
カッコええでしょ~
西櫓を下から見ると…凄いね崩れて来そうや
当時はこの石垣の際まで千曲川が流れてたんやて
『真田丸』の上田合戦の映像もそうやったもんなぁ。
石垣凄いなぁ~。
上田を後にし、姥捨SAで名残のおやき
鹿肉入りのん めっちゃ美味しかった~
もうすっかり日も暮れ
姥捨SAからの風景もすっかり夜景。
黒くうねるのは千曲川。
ここから見る風景、好きなんよなぁ
東京から始まった今回の旅行の
たくさんの楽しかった思い出を振り返りながら…
頑張って大阪へ帰ったのでした~
…もう3ヶ月もこの旅行記を書いてたなぁ
お付き合い有り難うございました
一気に涼しくなった大阪です。
今にも雨降ってきそう…
では昨日の続きです
GW旅行記最終回の今日は
写真てんこ盛りです
美味しい美味だれ唐揚げでキンキンになったお腹を抱えて
今回の旅行最後の訪問地へ
上田城
上田城は、昌幸パパが天正11年(1583)に築城し
その後お兄ちゃん(信之)が治めたお城です。
今では本丸は無く、公園になっています。
写真は本丸への入り口である東虎口櫓門です。
六文銭の幟がそこここにはためいてますよ~
東虎口櫓門の前にある
真田石
なかなかにデッカいですね~
大阪城や名古屋城の石垣にも
こんな巨石があるけど、
当時は石の大きさで権威を示したんだそう。
この石は、お兄ちゃんが松代に移封になった時
昌幸パパの形見に持って行こうとしてんけど
微動だにせず諦めたのだとか
上田城に到着したのは17時前。
博物館も終わってるし櫓も上がられへんし
神社は大丈夫かな…と向かってみることに。
眞田神社
歴代の上田城主(真田氏・仙石氏・松平氏)が御祭神です
昨年のNHK大河ドラマ『真田丸』の人気で
沢山の参拝客が来てはります。
信繁(幸村)公の赤備兜や~
行列が
初詣みたいにお参りするのに並んではるのかと思ったら、
ご朱印待ちの列やった
結局、受付に約40分、受け取るのにさらに1時間。
計1時間40分掛かりました
過去イチのご朱印待ち時間
うちらが待つ事なんかより、
書き手さんが腱鞘炎になりはらへんかがとっても心配やったわ
1時間待ちの間に、上田城跡公園内を散策
公園内から見た北櫓と東虎口櫓門。
カッコええ~
お堀の北の方へ向かうと
本丸土塁の隅欠(すみおとし)
鬼門除けで、角が無くされてるの。
二の丸北虎口の方には
百間掘の石樋(とい)
お堀の水抜きの樋。
昔は木の樋やったのでよう腐りました。
そこで1702年に、木から石の樋にチェンジ
幕府への修理許可申請に
「木の樋が腐って壊れたから石の樋に替えたいです」との記述があるんやて~。
お堀に沿ってぐるりと歩くと
西櫓と夕焼け空。
上田城で唯一江戸時代から残っている建物です
眞田氏の後上田藩を治めた仙石氏が建てたものです。
真田神社の裏手まで戻って来ました。
真田井戸
約1km離れた太郎山に通じる抜け道になってるんやて
ひゃ~凄いさすが真田と言うか…。
これじゃ大阪城内にあってもおかしくないよな…って思っちゃう
もう、どこ見ても「六文銭を探せ」な気分になってる(笑)
自販機もカッコええ
観光会館にはまたまた幸村公像
一周散策し終わった頃、ちょうどご朱印出来上がりタイムに。
頂いたご朱印です 見開きタイプ
昌幸パパバージョンのご朱印を頂いたの
パパの兜にのぼり四ツ梯子の印も
信繁(幸村)公の赤備え兜の絵馬を頂きました
カッコええでしょ~
西櫓を下から見ると…凄いね崩れて来そうや
当時はこの石垣の際まで千曲川が流れてたんやて
『真田丸』の上田合戦の映像もそうやったもんなぁ。
石垣凄いなぁ~。
上田を後にし、姥捨SAで名残のおやき
鹿肉入りのん めっちゃ美味しかった~
もうすっかり日も暮れ
姥捨SAからの風景もすっかり夜景。
黒くうねるのは千曲川。
ここから見る風景、好きなんよなぁ
東京から始まった今回の旅行の
たくさんの楽しかった思い出を振り返りながら…
頑張って大阪へ帰ったのでした~
…もう3ヶ月もこの旅行記を書いてたなぁ
お付き合い有り難うございました