MARI’S ROOM

左利きの まり が考えたこと

習字 経験から

2005-03-26 17:19:25 | 左利き
私は小学1年から、父に字は右で書くよう無理強い・強制されました。
6年生の時、右手を突き指したのを口実に左手で書いたら、右手よりは綺麗な文字が楽々と…5年半の努力は、一週間で水の泡となり、今では筆も左に持って字を書きます。

ちなみに、問題の父の、子供だった私への主だった対応は、
 ・嫌味を言う
 ・泣くまでからかう
 ・よろけた「フリ」をして使っている左手をこづく
という三つの行動でした。
よろけたフリをして小突く…正面切って使っている左手を「コラッ」と小突くのとは違い、罪悪感がうかがえます。
親は教育と思ってがんばったけれど、された方の子供にとっては嫌な思い出になってしまった…というケースもあるかとは思います。そんな不器用なお父さんと違い、ウチの場合は後暗い気持ちを込めた行動で、はじめから「教育」のつもりではなかったのだろうと考えています。

お習字は、こんな父を持つため「先生が父のような『右信者』だと大変」と母に説得され、学校で始まる前から、右手で習っておきました。
ただし、私は習字の「とめ・はね・はらい」を、紙に向かってやる「振りつけ」のような感じでやっていました。
結果的に和紙に字が書かれてはいくものの、「自分の手で字を書く」感覚とはほど遠く、ロボットになったような気持ちで、自分の右手を操縦したみたいな感じです。
工事車両のアームに筆を取り付け、操縦席でアームを縦横に操作して、大きな字を書く、というイベントをテレビで見たことがあります。
私がやっていた「習字」はこれに近いです。

40人のクラスの、上手くかけた5人に入ったこともありますが、私にとって習字の授業は振りつけの時間であって、文字を書く時間ではありませんでした。
学校の授業というのは、各科目、社会に直接役立たないことも多いですが、その中にあって「習字」は字を書く練習であり、冠婚葬祭時の記帳など、直接役立つ、数少ない授業だと思います。…右利きの子供にとっては。

社会の理不尽や不条理を学ぶ機会だと思って役立てたいと思う場合に限って、右でお習字をすることにも価値があるかもしれません。