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デンマーク王フレデリク5世妃 ルイーセ

2010-03-28 01:51:45 | デンマーク王妃
夫の人気を築き上げた王妃
フレデリク5世妃 ルイーセ・アフ・ストルブリタニエン


1724~1751/在位 (デンマーク・ノルウェー王妃)1746~1751

ルイーセは大英帝国王ジョージ2世と
賢夫人の誉れ高いキャロライン・オブ・アーンズバックの王女です。

21歳の時、完全に政治的理由からフレデリクと結婚しました。

         

でも、この結婚はとてもうまくいっていたそうです。
フレデリクはルイーセと一緒だととても心地よかったらしい…なのに
浮気はしておりましたし、庶子も5人いました。
ルイーセは見て見ぬふりをしてあげたそうです。 それが秘訣なのかぁ…

1746年に王妃になったルイーセは非常に人気がありました。
美しい! というわけではありませんでしたが、会話が上手で高貴さがあったそうです。
また、音楽やダンス、芝居が好きで、王太后ソフィー時代には堅苦しかった宮廷を
気楽な雰囲気へと変えていきました。

フレデリク5世は、劇場や文学などの文化活動に力を入れた王と言われていますが
ルイーセの影響が大きかったのではないでしょうか。

それから、ルイーセは王太后ソフィーと違ってデンマーク語を学びました。
宮廷では相変わらずドイツ語が主流でしたが
子供たちにもデンマーク語を学ばせるルイーセの姿勢は賞賛を浴びました。

フレデリクは政治的には凡庸で、アルコールに走るタイプの方だったようです。
政治は外相ベルンストッフやモルトケなどのお気に入りに任せていました。
それがかえって良かったのか、対外関係では大きな争いはおこりませんでした。

もしかしたら、母キャロラインがそうしたように
優秀な政治家と結託して、上手に国と王をコントロールしていたかもしれませんよね。

1751年に流産して、その合併症で27歳の若い命を落とします。

人気を支えていたルイーセを失ったフレデリク5世はどうなる? …つづく

(参考文献 武田龍夫氏『物語北欧の歴史』 Wikipedia英語版)
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