まりっぺのお気楽読書

読書感想文と家系図のブログ。
ゆる~い気持ちでお読み下さい。

イングランド女王 エリザベス1世

2008-11-02 09:10:00 | イングランド王妃・王女
ヴァージニアという名をもたらした
イングランド女王 エリザベス1世


1553~1603/在位 1558~1603

“処女王”と呼ばれていましたが、未婚だからってそんな・・・

フランス大使ド・メッスによると、彼女のドレスの中には
かなりキワドい男心をそそるものがあった様子、おへそまで見えたらしいですよ。
    

彼女も姉のメアリ-1世同様、少女時代は不遇でした。
父ヘンリー8世は、男子を生まないエリザベスの母アン・ブリーンに怒り
姦通の罪を着せて処刑しました。
エリザベスは庶子となり、後々まで女王の正当性に言及されることになります。

エリザベス1世の恋人といわれれている男性は数名いますが
(ここからややこしくなりますよ
中でも、父ヘンリー8世のの三人目の妻ジェイン・シーモアの兄で
最後の妻キャサリン・パーと結婚したトマス・シーモア。

姉メアリ-1世を出し抜こうとした“ジェイン・グレイ事件”の首謀者である
ウォーリック伯ジョンの息子、レスター伯ロバート・ダドリー。
その、ロバート・ダドリーの再婚相手の連れ子であった
エシックス伯ロバート・デヴリュー(32歳年下 ) あたりが有名です。

しかしなんですね、男の人は女王の寵愛を受けてるってことで、思い上がっちゃうのね
賢明なエリザベス1世は、あまりにも露骨な態度をとる恋人を退けます。
(そこがスコットランド女王メアリー・スチュアートと違うとこ!)
でも女性の人生としてそれは幸せだったのかしら?
愛する人が、私欲の無い純粋に自分を愛してくれる人なのかを見極めながら
しなきゃいけない恋愛なんて。

政治的な功績は、例によって学者の方々にお任せしますが
外ではスペインという大国を敵にまわし、中では常に不穏な動きを抱えながら
英国を繁栄に導いた彼女は、やはり名君といえるのでしょうね。

自分にもイングランド王位継承権があったメアリー・スチュアートは
エリザベス1世の女王としての不当性を声高に訴えていましたが
結局は、エリザベス1世のサインによって処刑されます。
しかしエリザベス1世が後継者に選んだのは、メアリーの息子であるジェイムズでした。
その理由は以下の系図の通り、皆ヘンリー7世の血をひいているからです。
    

これより王位はテューダー家からステュアート家に移り、大英帝国への布石となります。

 誰か教えて!!
家系図小ちぇー ・・・ 見えないじゃん
イラストレーターで作成した家系図をPDFに変換し
さらにフォトショップでJPEGに変換しています。
どうしても小さくなってしまうんですが、何かいい方法ないでしょうか?

(参考文献 森譲氏『英国王室史話』 三浦一郎氏『世界史の中の女性たち』
      前川貞次郎氏『絶対王政の時代』 
      石井美樹子氏『イギリス・ルネサンスの女たち』)

これさえあれば、あなたも英国王室通
読んでみたいな!という方は下の画像をクリックしてね

  

歴史上の有名な女性満載です
読んでみたいな!という方は下の画像をクリックしてね


『本(レビュー感想)』 ジャンルのランキング
コメント (4)   この記事についてブログを書く
« イングランド女王 メアリー1世 | トップ | イングランド王ジェイムズ1世... »
最近の画像もっと見る

4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
処女王 (きなこもち)
2011-07-18 15:13:19
処女王として一生独身を貫いたエリザベス1世ですが、女王としては幸せだったけど、女性としては不幸だったのかなあ、と思います。だから女性として幸せだったメアリー・スチュアートを妬んでいたのでしょうね。後に彼女の子が王位に付くとは何とも皮肉なことか...

でも、まりっぺさんのおっしゃる通り名君と言えるでしょうね。苦労の末に権力の座に付いたという点も日本でいう徳川家康のような感じで波乱万丈ですよね。

Unknown (きなこもち)
2011-07-18 21:57:11
訂正 女王として幸せ→女王の座には就いたけど
こんにちわ (まりっぺ)
2011-07-19 10:12:42
きなこもちさま、こんにちわ。

処女王とはいっても恋人はいたみたいですからねぇ…
経済力があったら結婚なんかしない方がどんだけ楽だか… なんて思うことは多々あります。
一生独身って、ちょっと羨ましかったりして

メアリー・スチュアートとくらべられることが多いですよね。
冷静なエリザベスとは真逆の、地位とか立場を度外視して愛に走るタイプってところが比較しやすいんでしょうね。
メアリー・スチュアート…韓流っぽいですね
“女”としての幸せか、“名君”としての名声か? (メリエンダ)
2018-11-18 12:17:03
エリザベス1世、ヴィクトリア女王と共にイギリス(当時はイングランドだけど…)において、空前の繁栄をもたらした名君。ですが…その幼少、娘時代は、不幸そのもので、誕生した時、父王に落胆され、実母が父王に処刑され“庶子”として扱われる身に…スペイン王女を母に持つ異母姉メアリー、世継ぎとして大切にされる異母弟エドワード。対して、エリザベスは、しっかりした後見すら持たない、いわば“日陰の姫君”。当時の人々は、まさか、この王位から最も遠い姫君が…あれほどの政治手腕を振るうとは…と思ったのでしょうか?
エリザベス女王は、生涯独身を通したのも有名ですが、独身だったのは、幼少期のトラウマと娘時代の義母とのイザコザに合わせ、自身の婚姻で様々な外交問題や国内での内乱が起きたりするのを防ぐ為等、多分、理由は色々あったとは思われます。エリザベス女王は、理性の勝った女性だったのですね。よく比較されるメアリー・スチュアート、異母姉メアリー1世等は、かなり感情的で、“君主”と言うより“女性”だったと思います。エリザベス女王が彼女達と違って大成したのは、彼女、エリザベスが、“女性”と言うよりも“君主”としての立場を第一にしたおかげではないでしょうか?勿論、エリザベスが生来聡明だっただけではなく、エリザベスが、幼少期からの苦労によって身につけた一種の“処世術”だと思います。

コメントを投稿

イングランド王妃・王女」カテゴリの最新記事

関連するみんなの記事