まりっぺのお気楽読書

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スウェーデン王エリク12世妃 ベアトリックス

2011-07-28 21:55:22 | スウェーデン王妃
              こちらはアルベール妃リヒャルディス

ここからは駆け足です
エリク12世妃 ベアトリックス・アヴ・バイエルン


1344~1359/在位 1356~1359

エリク12世はマグヌス4世の次男で、兄がホーコンがノルウェー王に即位した後
「自分も!」と反乱をおこしてスウェーデンの共治王になったわけですが
即位してわずか3年ほどで亡くなりました。

12歳でマグヌスと結婚していたベアトリックスは、神聖ローマ皇帝ルートヴィヒ4世と
ホラント伯マルガレーテ1世の皇女です。

        
ベアトリックスはエリクの死から半年ほどして、クリスマスに亡くなっています。
マグヌス4世妃ブランカによる毒殺だという噂がありますが根拠はありません。

その後反デンマーク派の貴族によって王に選出されたアルベールの
最初の妃リヒャルディスはシュヴェリーン伯オットー1世の娘です。

        
5歳の時にアルベールと婚約し、18歳で結婚し30歳で亡くなりました。

リヒャルディスの死後、アルベールはブラウンシュヴァイク=リューネブルク家の
アグネスと再婚してますが、アグネスの詳細は不明です。

次にホーコン6世が即位し、次いでホーコン6世妃でデンマーク王ヴァルデマー4世王女
マルグレーテが事実上の女王になりました。

ここからエリク13世(妃はフィリッパ・アヴ・イングランド)と
クリストファ、クリスティアン1世(共に妃はドロテア・アヴ・ブランデンブリ)が
デンマーク王とスウェーデン王を兼ねます。

ドロテアはデンマーク篇でも紹介していますが、ちょいと補足を…

クリスティアン1世と再婚した時、ドロテアはノルウェーとデンマークの領地は放棄しましたが
スウェーデン内の領地は手放しませんでした。

しかしスウェーデンはカルマル同盟の中でいち早く反乱を始めた国で
エンゲルブレクトという人物が地方で王に選ばれたりしています。
デンマークの意向そっちのけで1448年にはカール8世が王の宣言をしました。

ドロテアの領地でも反乱がおこり、ネルケやヴェルムランドを失いました。

ドロテアは1455年からローマ教皇(カリストゥス3世、ピウス2世と思われる)に
援護を求めて、実権を握っていた摂政ステン・スチューレを破門にさせたりします。
このことが数年間スウェーデン政府を二分して独立を遅らせることになりました。

ただ、ドロテア自身の息子ハンスも破門されてしまいました。
ドロテアの死後破門は解かれて、デンマーク・ノルウェー・スウェーデンの王になります。

まだまだ北欧三国ののごたごたは続きます

(参考文献 武田龍夫氏『物語北欧の歴史』 Wikipedia英語版)
コメント
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