マリアテレジアの独り言

日々の生活の中で見つける・・
  小さな感動をつづります。

聖木曜日・・・『最後の晩餐』・・・『これは、あなたがたのためのわたしの体である。互いに愛し合いなさい。』

2019-04-18 19:00:00 | 待降節。クリスマス。降誕節。四旬節。復活節。

今日は4月18日。聖木曜日。 

      『主の晩餐の夕べのミサ』

  聖木曜日の夕刻に行われる『主の晩餐の夕べのミサ』は、  
キリストが聖体を制定し、自らの記念としてこれを行うように命じた『最後の晩餐』
                             直接に記念します。

 

                    ご一緒によろしくお願い申し上げます


『今日の集会祈願』

    『この晩餐の偉大な神秘にあずかるわたしたちが、
   キリストの愛を受け、生きる喜びに満たされますように。』

 
初めに。
旧約時代。                 

『今日の第一朗読 旧約の過越

 『その日、エジプトの国で、主はモーセとアロンに言われた。

    「用意するのは羊でも山羊でもよい。
  
  それは、この月の十四日まで取り分けておき、

    イスラエルの共同体の会衆が皆で夕暮れにそれを屠り、
  
その血を取って、小羊を食べる家の入り口の二本の柱と鴨居に塗る。
 
    
そしてその夜、肉を火で焼いて食べる。
  また、酵母を入れないパンを苦菜を添えて食べる。
 それを食べるときは、腰帯を締め、靴を履き、杖を手にし、急いで食べる。

       これが主の過越である。

その夜、わたしはエジプトの国を巡り、人であれ、家畜であれ、エジプトの国のすべての初子を撃つ。

   あなたたちのいる家に塗った血は、あなたたちのしるしとなる。
     血を見たならば、わたしはあなたたちを過ぎ越す。

    この日は、あなたたちにとって記念すべき日となる。
あなたたちは、この日を主の祭りとして祝い、代々にわたって守るべき不変の定めとして祝わねばならない。」』
               出エジプト記 12章1-8&11-14節

 

   旧約における『主の過ぎ越し』は、
 年に一回、羊か山羊を屠り、その血を祭壇の4隅に塗って、罪が過ぎこされました。
   後になって
イスラエル人のエジプトでの隷属時代を想起し,そこからの解放を神に感謝するという
   出エジプトの歴史的意味が加わったのです。

  
     現在も、ユダヤ教の人々は、
  ユダヤ教三大祭りの一つの『除酵祭』と呼ばれる祭りの間、
     主がモーセに命じられたとおりに、
    『焼いた子羊,除酵パン,苦葉』 を食べ、
 
 『ユダヤ人家庭の除酵祭』

   その『食事の意味を子供が親にたずねる儀式』を行うのです。

 

 次に。
新約時代。

   イエスが、ユダヤ教の『除酵祭』の祭り日に『最後の晩餐』を行なったことから、
     キリスト教ではこの祭りを『聖なる過ぎ越し』と考え、
     犠牲の子羊はイエス自身を意味するようになったのです。

 

『今日の第二朗読 主の晩餐の意味

『皆さん、わたしがあなたがたに伝えたことは、わたし自身、主から受けたものです。
    
   すなわち、

  主イエスは、引き渡される夜、パンを取り、感謝の祈りをささげてそれを裂き、
  
    「これは、あなたがたのためのわたしの体である。
      わたしの記念としてこのように行いなさい」  と言われました。

      また、食事の後で、杯も同じようにして、
 
  「この杯は、わたしの血によって立てられる新しい契約である。
     飲む度に、わたしの記念としてこのように行いなさい」  と言われました。

   だから、あなたがたは、このパンを食べこの杯を飲むごとに、
    主が来られるときまで、主の死を告げ知らせるのです。』
             コリントの信徒への手紙Ⅰ 11章23-26節

 

   神の国の訪れをことばと行動によって現されたイエス・キリストは、
      受難と死を通して復活の栄光に移られました。
        これを『主の過ぎ越し』と言います。

 

そして。
最後に。


キリストが聖体を制定し、自らの記念としてこれを行うように命じた『最後の晩餐』

                      記念いたしましょう。


『今日の福音 イエスの御言葉

『過越祭の前のことである。
    イエスは、この世から父のもとへ移る御自分の時が来たことを悟り、
     世にいる弟子たちを愛して、この上なく愛し抜かれた。

 夕食のときであった。
 
 
既に悪魔は、イスカリオテのシモンの子ユダに、イエスを裏切る考えを抱かせていた。
  
  イエスは、父がすべてを御自分の手にゆだねられたこと、
  また、御自分が神のもとから来て、神のもとに帰ろうとしていることを悟り、
  食事の席から立ち上がって上着を脱ぎ、手ぬぐいを取って腰にまとわれた。

     それから、たらいに水をくんで弟子たちの足を洗い、
  
    腰にまとった手ぬぐいでふき始められた。

        シモン・ペトロのところに来るとペトロは、
   「主よ、あなたがわたしの足を洗ってくださるのですか」と言った。

イエスは答えて、
   「わたしのしていることは、今あなたには分かるまいが、後で、分かるようになる」
                               と言われた。

ペトロが「わたしの足など、決して洗わないでください」と言うと、
イエスは「もしわたしがあなたを洗わないなら、あなたはわたしと何のかかわりもないことになる」
                               と答えられた。

そこでシモン・ペトロが言った「主よ、足だけでなく、手も頭も。」
  
イエスは言われた。

    「既に体を洗った者は、全身清いのだから、足だけ洗えばよい。
     あなたがたは清いのだが、皆が清いわけではない。」

  イエスは、御自分を裏切ろうとしている者がだれであるかを知っておられた。
     それで、「皆が清いわけではない」と言われたのである。

さて、イエスは、弟子たちの足を洗ってしまうと、上着を着て、再び席に着いて言われた。
     「わたしがあなたがたにしたことが分かるか。
     
あなたがたは、わたしを『先生』とか『主』とか呼ぶ。

      そのように言うのは正しい。わたしはそうである。

 ところで、主であり、師であるわたしがあなたがたの足を洗ったのだから、
    あなたがたも互いに足を洗い合わなければならない。
     わたしがあなたがたにしたとおりに、あなたがたもするようにと、
           模範を示したのである。」』

            ヨハネ福音書 13章1-15節

 

      最後の晩餐の席で・・・
 弟子たちをこの上なく愛し抜かれたイエスは、弟子たちに『遺言』を語られたのです。

  『互いに足を洗いあいなさい。』 『互いに愛し合いなさい』 と。

      
    
   イエスは、かがみこんで、弟子たちの足を洗ってくださいました

イエスは、ご自分がなさったことの意味を理解できない弟子たちに、
    足を洗って、ご自分の受難が何のためであるかを、示されたのです。

   『友のために自分の命を捨てること、これ以上の愛はない。』ヨハネ福音書15-13

弟子たちは、彼らの先生・イエス様に勝さる者ではなく、先生の真似をして学ぶ者です。
          弟子たちも、私たちイエスに従う者も、    
    先生イエスに倣って、互いに仕え合わなければならないのです。
  

 『フランシスコ教皇、ローマのレジナ・チェリ刑務所で主の晩餐のミサ』  昨年聖木曜日
  

     私たちも、行動を伴って・・・互いに愛し合いましょう! 

 

     最後の晩餐の席で・・・
 ユダも、イエスと同じ食卓に着き、イエスに足を洗ってもらったのですが、
        清くはなりませんでした。
   ユダは、イエスを渡し、イエスを裏切ってしまいます。
         イエスの愛を信じられなかったのでしょうか? 悲しいことです。


  私たちは・・・
模範を残してくださったキリスト・イエスを証しするために、又 キリストに出会うために
    お人に仕え、互いにへりくだり、仲良くしなければなりません。

 

    『聖なる過ぎ越しの三日間』の典礼において記念される
        『主イエスの受難と死と復活』 は
   典礼歴の一年の中心であり、キリスト者の信仰のよりどころです
  又、キリストによって示された私たち人類への『神の愛の神秘』です。


 今日からの『聖なる三日間』で、『神の愛』への信頼を深めてまいりましょう!



『今日の拝領祈願』

『全能の神よ、
 ひとり子の聖なる食卓で力づけられたわたしたちを、永遠のうたげで喜ばせてください。』

 

                以上。ご一緒してくださり、ありがとうございました


皆様!
ご訪問に感謝申し上げます。
キリスト者にとって一番大事な時期:『聖週間と主の過ぎ越しの聖なる三日間』を迎えています。
御訪問くださいます皆様に、主の豊かな恵みが注がれますようにとお祈り申し上げます。 お元気で!          

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