今日は3月18日。日曜日。
近所の公園・・・ 『桜開花』
大きな桜公園の中の、見落とすような奥の二本だけが咲いていた。 美しい春が来た。
”早や咲き桜の種類なんでしょうかね?”と、犬を散歩の青年が声をかけてきた。 穏やかな休日です。
目を転じれば。
我が家も・・・ 『かすみ草』
”僕は花の中で一番好き!”と息子が言って、一緒に植えた。 今年も満開の時期が来た。
それぞれの花に、それぞれの物語がある。 時期が来ると、花と物語を共に思い出す。いと良し。
そして。
今日は四旬節第五主日。 キリストとの受難・十字架の前12日となった。
『今日の第二朗読 使徒パウロの言葉』
『キリストは、肉において生きておられたとき、激しい叫び声をあげ、涙を流しながら、
『すると、天使が天から現れて、イエスを力づけた。』ルカ22-43
死から救う力のある方に、祈りと願いをささげ、その畏れ敬う態度のゆえに聞き入れました。』
主イエスは、
十字架を前にして、ゲッセマネの園で、”自分は本当に十字架で殺されねばならないのか”、と苦しみ、
そのことを父なる神に祈り、
「これは、あなたの御心なのですか。できることなら、自分を十字架にかけないでください。」と、必死に祈ります。
そんな時、
天使が現れて、言葉もなくそばにいて、イエスを力づけた、とルカは記しています。
『キリストは御子であるにもかかわらず、多くの苦しみによって従順を学ばれました。』
『十字架・イエスの従順』
『そして、完全な者となられたので、ご自分に従順であるすべての人に対して、永遠の救いの源となりました。』
以上。 ヘブライ人への手紙 5章7-9節
イエスは、この世・肉の世に終わりを迎える時、
完全に自己から離脱し、神の御旨に従順な、『完全な者』となられました。
『イエスは言われた。
「わたしが天から降って来たのは、
自分の意志を行うためではなく、わたしをお遣わしになった方の御心を行うためである。
わたしの父の御心は、子を見て信じる者が皆永遠の命を得ることであり、わたしがその人を終わりの日に復活させることである。」』
ヨハネ福音書 6章38-40節
われわれ人間も、肉において生きていたこの世に終わりを告げる時、が必ずきます。
そんな時。
そのわれわれの死の傍らに立ち、われわれを慰め励まし、そうして生かしてくださる方がおられるというのです。
死者をよみがえらせてくださる神・イエスを信じる信仰であります。
キリストは、神の御子であるにもかかわらず、人間となられて、人間の多くの苦しみを経験したので、
私達人間の弱さも苦しみも良く理解して下さり、私たち人間のそばに寄り添ってくださるのです。
『今日の拝領唱』
『まことにあなたがたに言っておく。
一粒の麦が地に落ちて死ななければ、一粒のままで残る。死ねば、豊かな実を結ぶ。』 ヨハネ12-24
私たちも、イエスの受難に倣って、自分を捨てて、周りの人と平安な日々を送っていきたいものですね。
皆様!
御訪問に感謝申しげます。
春本番。四旬節本番。それぞれを大切に過ごしたいものですね。 お元気で!
近所の公園・・・ 『桜開花』
大きな桜公園の中の、見落とすような奥の二本だけが咲いていた。 美しい春が来た。
”早や咲き桜の種類なんでしょうかね?”と、犬を散歩の青年が声をかけてきた。 穏やかな休日です。
目を転じれば。
我が家も・・・ 『かすみ草』
”僕は花の中で一番好き!”と息子が言って、一緒に植えた。 今年も満開の時期が来た。
それぞれの花に、それぞれの物語がある。 時期が来ると、花と物語を共に思い出す。いと良し。
そして。
今日は四旬節第五主日。 キリストとの受難・十字架の前12日となった。
『今日の第二朗読 使徒パウロの言葉』
『キリストは、肉において生きておられたとき、激しい叫び声をあげ、涙を流しながら、
『すると、天使が天から現れて、イエスを力づけた。』ルカ22-43
死から救う力のある方に、祈りと願いをささげ、その畏れ敬う態度のゆえに聞き入れました。』
主イエスは、
十字架を前にして、ゲッセマネの園で、”自分は本当に十字架で殺されねばならないのか”、と苦しみ、
そのことを父なる神に祈り、
「これは、あなたの御心なのですか。できることなら、自分を十字架にかけないでください。」と、必死に祈ります。
そんな時、
天使が現れて、言葉もなくそばにいて、イエスを力づけた、とルカは記しています。
『キリストは御子であるにもかかわらず、多くの苦しみによって従順を学ばれました。』
『十字架・イエスの従順』
『そして、完全な者となられたので、ご自分に従順であるすべての人に対して、永遠の救いの源となりました。』
以上。 ヘブライ人への手紙 5章7-9節
イエスは、この世・肉の世に終わりを迎える時、
完全に自己から離脱し、神の御旨に従順な、『完全な者』となられました。
『イエスは言われた。
「わたしが天から降って来たのは、
自分の意志を行うためではなく、わたしをお遣わしになった方の御心を行うためである。
わたしの父の御心は、子を見て信じる者が皆永遠の命を得ることであり、わたしがその人を終わりの日に復活させることである。」』
ヨハネ福音書 6章38-40節
われわれ人間も、肉において生きていたこの世に終わりを告げる時、が必ずきます。
そんな時。
そのわれわれの死の傍らに立ち、われわれを慰め励まし、そうして生かしてくださる方がおられるというのです。
死者をよみがえらせてくださる神・イエスを信じる信仰であります。
キリストは、神の御子であるにもかかわらず、人間となられて、人間の多くの苦しみを経験したので、
私達人間の弱さも苦しみも良く理解して下さり、私たち人間のそばに寄り添ってくださるのです。
『今日の拝領唱』
『まことにあなたがたに言っておく。
一粒の麦が地に落ちて死ななければ、一粒のままで残る。死ねば、豊かな実を結ぶ。』 ヨハネ12-24
私たちも、イエスの受難に倣って、自分を捨てて、周りの人と平安な日々を送っていきたいものですね。
皆様!
御訪問に感謝申しげます。
春本番。四旬節本番。それぞれを大切に過ごしたいものですね。 お元気で!